コース設計の原理/設計家名鑑
浅見緑蔵
1908 - 1984
日本オープン・日本プロ最年少優勝記録(当時)を持つ名プロゴルファー。日本プロゴルフ協会第2代理事長。コース設計家としては、自ら設立した浅見カントリー倶楽部の設計に関わったことが確認できる程度で、代表作と呼べる設計実績は限定的とされる。
代表作:浅見カントリー倶楽部
浅見緑蔵は東京ゴルフ倶楽部駒沢コースでキャディをしながらゴルフを覚え、安田幸吉に師事した。1928年、19歳9か月で日本オープンに優勝し当時の最年少記録を樹立、同年の日本プロでも20歳3か月で優勝し最年少記録を作った。1931年には日本オープン・日本プロ・関東プロの三冠を達成している。1963年からは日本プロゴルフ協会の第2代理事長を務めた。
コース設計家としての実績は、プロゴルファーとしての功績に比べると限定的である。確実に確認できるのは、1970年に自ら設立し1974年に27ホールで開場した浅見カントリー倶楽部(1979年に日本プロゴルフ選手権を開催)の設計に自身が携わったことで、建設中は片手にアイアンを1本持ち、長靴を履いて現場を歩き回っていたと伝えられている。それ以外のコースへの設計関与を示す記述も一部に見られるが、本セッションでは一次資料での裏付けが取れなかったため、代表作としては掲載していない。
出典:Wikipedia日本語版「浅見緑蔵」等をもとに構成。設計実績は自身が設立した浅見カントリー倶楽部以外、裏付けが取れなかったため誇張を避けている。