戦略と統計の原理/原理解説
ゴルフにホットハンドはあるか——論文の結論が割れている理由を整理する
バーディーやボギーの「流れ」は実在するのか。Livingston(2012)、Elmore & Urbaczewski(2018)、Ehrlich他(2025)の結論は一致しない。確認できた範囲で整理し、勢いがなくても連続バーディーが起きる確率を本メディアが試算した。
バーディーが続くと「今日は入る気がする」、ボギーが続くと「流れが悪い」と感じる。この「勢い」は実在するのか。スポーツ統計の分野では、成功の直後に成功しやすくなる現象を「ホットハンド」、失敗の直後に失敗しやすくなる現象を「コールドハンド」と呼ぶ。ゴルフを対象にした研究は複数あるが、結論は一致していない。本稿は、確認できた範囲で3本の論文と周辺の報道を整理し、「割れている」ことをそのまま書く。あわせて、勢いがなくても連続バーディーが偶然どれくらい起きるかを、本メディアが計算した。
要約
- Livingston(2012)は、選手の経験によって勢いの効果の出方が変わりうると報告した(要旨で確認)。Elmore & Urbaczewski(2018)はホットハンドの証拠を見いだせず、コールドハンドは有意としている。Ehrlich他(2025)は、より多くの統制を加えるとホットハンドはほぼ見られず、コールドハンドは以前の報告より小さいとしている(いずれも要旨・報道で確認した範囲)。
- 3本はデータ、対象選手、統計モデルが異なるため、「どれが正しいか」は本稿では判定できない。結論が割れていること自体が、現時点の状況である。
- 勢いがなくても、バーディーの連続は偶然に起こる。本メディアの試算(仮定あり、出典のある研究結果ではない)では、バーディー率20%・独立なら、72ホールで3連続以上が出る確率は約37%となる。
- ボギーの連鎖(コールドハンド)については、損失を避けたい心理(損失回避)で説明する論文が複数ある。ただし、これは論文側の解釈であり、本稿で検証したものではない。
1. 何を「ホットハンド」と呼んでいるか
ゴルフの研究では、「バーディー以上」を成功、「ボギー以下」を失敗とみなし、直前のホールの結果が次のホールの結果に影響するかを調べるのが典型的な設計である。たとえばElmore & Urbaczewskiは、直前にバーディー以上を取ったあとのバーディー以上の確率が高いことをホットハンド、ボギー以下の直後にボギー以下の確率が高いことをコールドハンドと定義している(検索結果上の要旨による)。
難しいのは、強い選手はそもそもバーディーが多く、易しいコースや好天の日は全員のバーディーが増える点である。これらを区別しないと、「勢い」ではなく「実力やコンディションの違い」を拾ってしまう。論文間の差の多くは、この統制の仕方の違いに関わっているとみられる(ただし各論文の全文は確認できていないため、この点は推測である)。
2. 3本の論文は何と言っているか
Livingston(2012):Journal of Economic Behavior & Organization 81(1), 172-184。要旨によれば、心理学ではホットハンドが支持される一方、経済学では実証が難しかった。著者は4つのカテゴリーのプロゴルファーのホールごとのデータを分析し、効果の有無や大きさが選手の経験によって変わるため、全体の平均だけを見るとホットハンド・コールドハンドの証拠が隠れうると述べている。検索結果の要約には、PGAツアー、LPGA、Nationwide、シニアの各ツアー1大会ずつを使ったとあるが、全文は開けておらず、この点は未確認である。
Elmore & Urbaczewski(2018):Journal of Sports Analytics 4(4), 275-284。2013-14年のPGAツアーのデータを使い、ホットハンドの存在を示す十分な証拠はなく、コールドハンドは有意で、特にパー4で顕著としている(検索結果上の要旨)。PGAツアー公式サイトの記事(報道)は、この研究を19大会・213人・113,723ホールと紹介している。この数字は報道経由であり、論文本文では確認できていない。著者の一人は、同記事で「バーディーの連発は幻、ボギーの連鎖は本物」と述べたと報じられている。
Ehrlich他(2025):SAGE掲載、「Momentum in professional golf: A fixed effects reassessment of the hot and cold hand fallacy」(誌名と巻号は確認できなかった)。検索結果上の要旨によれば、2021-22シーズンから2024年のPGAツアーのデータで、選手・シーズンごとと、大会・ラウンドごとの固定効果(個人の実力やコース設定・天候などの違いを、そのまま取り除く統計上の工夫)を入れたロジスティック回帰を推定した。結果は、ホットハンドの証拠は乏しく(オッズ比が1未満という記述もある)、コールドハンドは有意だが従来の報告よりかなり小さい、というものである。
3本を並べると、「コールドハンドは何らかの形で見られるが、統制を増やすと小さくなる」「ホットハンドは全体では見られにくいが、選手の経験などで条件づけると見える可能性がある」という構図になる。ただしこれは要旨レベルの整理で、効果量(どれだけ確率が変わるか)を同じ尺度で比べたものではない。
3. 割れる理由として考えられること
論文間で結論が違う原因について、本稿で確認できた根拠は限られる。確認できた範囲では、次の点が挙げられる。
- 統制の違い:Ehrlich他は、Elmore & Urbaczewskiなど従来の分析より多くの統制(固定効果)を入れた結果、コールドハンドが小さくなったと報告している(要旨)。
- 対象の違い:Livingstonは、選手の経験などで効果が変わりうると指摘している。全選手の平均を取る分析では、打ち消し合う可能性がある。
- 見る時間軸の違い:Baker & McHale(Journal of Quantitative Analysis in Sports 18(4), 241-251, 2022)は、数ホール単位ではなく、複数大会にまたがる「調子」を扱う研究である。検索結果の要約では、調子の良し悪しが大会をまたいで続く可能性を示すとされたが、論文本文は開けておらず、結論の詳細は未確認である。
- 狙いの変化:Stone & Arkes(Journal of Sports Economics 17(5), 453-482, 2016)は、パーより良いスコアのときには、ホットハンドの効果よりもプロスペクト理論(利得より損失を重く感じる心理)の効果が上回ると述べている(要旨)。たとえば好調時に守りに入るなど、勢いと逆向きの行動変化が混ざる可能性が示唆されている。
結局、「勢い」は、1つの単純な法則というより、統制や対象次第で見え方が変わる現象として扱うのが誠実だと考えられる。
4. 勢いがなくても連続バーディーは起きる(本メディアの試算)
ここからは出典のある研究結果ではなく、本メディアが仮定を置いて計算した試算である。1ホールあたりのバーディー率を一定(15%、20%、25%)とし、各ホールの結果は前のホールと無関係(勢いなし)と仮定した。Pythonで厳密計算(動的計画法)し、モンテカルロ・シミュレーションでも確認した。
バーディー率が20%なら、1ラウンド(18ホール)で3ホール連続以上のバーディーが1回以上出る確率は10.1%、72ホール(4ラウンド)では36.9%である。15%なら4.6%と18.4%、25%なら18.0%と57.7%となった。
つまり、勢いが一切なくても、1大会で「3連続バーディーを見た」経験は珍しくない。ここから「勢いは存在しない」とは言えない。この試算は、連続が観察されたことだけでは、勢いの証拠にならないことを示しているにすぎない。逆に、勢いがあることの証明にもならない。勢いの有無は、実力やコースの差を統制したうえで、直前の結果が次のホールの確率を変えているかで検証する必要がある。
5. プレーヤーにとっての含意(慎重に)
論文が割れている以上、「好調の波に乗れ」「流れが悪いときは守れ」といった一律の助言を、データだけから導くことはできない。確認できた範囲で言えるのは次の3点にとどまる。
- ボギーの直後に狙いや判断が荒れる傾向(コールドハンド)は、複数の論文で何らかの形で報告されている。ただし大きさは分析によって異なる。
- ダブルボギーを避ける考え方については、なぜダブルボギーを避けるとスコアが縮まるのかも参照されたい。
- 選手本人の実感は割れている。PGAツアーの記事では、Scottie Schefflerは「ホットハンドはある」と感じ、Viktor Hovlandは偶然だと捉えていると報じられている(報道、本人発言の原文は未確認)。
本稿で確認できなかったこと
- Elmore & Urbaczewski(2018)とEhrlich他(2025)の全文は、出版社サイトが403で開けず、要旨・検索結果の要約・報道の範囲での確認にとどまる。数値(オッズ比、効果量)は本文では使っていない。
- Ehrlich他(2025)の掲載誌名と巻号は確認できなかった。
- Livingston(2012)の要旨以外(データの詳細、経験による効果の大きさや方向)は未確認。「4ツアー1大会ずつ」という記述は検索結果の要約に基づく。
- Baker & McHale(2022)の結論の詳細は未確認。
- 3本の論文の結論が割れる原因を、全文で突き合わせて確認することはできていない。第3章の説明のうち、統制の違い以外は推測を含む。
- ホットハンドが実在するとして、それが選手の心理(自信)によるのか、体の状態(スイングの調子)によるのかは確認していない。
参考文献・出典
- Livingston, J. A. (2012). The hot hand and the cold hand in professional golf. Journal of Economic Behavior & Organization, 81(1), 172-184. https://ideas.repec.org/a/eee/jeborg/v81y2012i1p172-184.html(要旨のみ確認)
- Elmore, R., & Urbaczewski, A. (2018). Hot and cold hands on the PGA Tour: Do they exist? Journal of Sports Analytics, 4(4), 275-284. https://doi.org/10.3233/JSA-180214(書誌は検索結果で確認。出版社ページは403)
- Ehrlich, J. A., Paul, R., Lee, J., & Cain, C. (2025). Momentum in professional golf: A fixed effects reassessment of the hot and cold hand fallacy. SAGE. https://doi.org/10.1177/22150218251387601(出版社ページは403。要旨は検索結果の要約)
- PGA TOUR (2025-08-18). Does the 'hot hand' phenomenon exist in golf? https://www.pgatour.com/article/news/latest/2025/08/18/does-the-hot-hand-exist-in-golf-fedexcup-playoffs-tour-championship-scheffler-hovland-horschel(報道)
- Stone, D. F., & Arkes, J. (2016). Reference Points, Prospect Theory, and Momentum on the PGA Tour. Journal of Sports Economics, 17(5), 453-482. https://ideas.repec.org/a/sae/jospec/v17y2016i5p453-482.html(要旨のみ確認)
- Baker, R. D., & McHale, I. G. (2022). 'Form is temporary, class is permanent': identifying a longer-term hot hand in golf. Journal of Quantitative Analysis in Sports, 18(4), 241-251. https://doi.org/10.1515/jqas-2022-0051(書誌は検索結果で確認。本文は未確認)
よくある質問
- ゴルフにホットハンドは本当にありますか?
- 論文の結論は割れています。Elmore & Urbaczewski(2018)はホットハンドの十分な証拠を見いだせず、Ehrlich他(2025)も乏しいとしています。Livingston(2012)は選手の経験によって効果が変わりうると報告しています。いずれも要旨・報道の範囲での確認です。
- ボギーの後にボギーが続きやすいのは本当ですか?
- コールドハンドは、Elmore & Urbaczewskiでは有意、Ehrlich他でも有意ですが従来の報告よりかなり小さいとされています。大きさは分析の統制の仕方で変わるため、一律の数字は示せません。
- バーディーが3ホール続くのは勢いの証拠ですか?
- それだけでは証拠になりません。本メディアの試算(バーディー率20%・独立と仮定、出典のある研究結果ではない)では、72ホールで3連続以上が出る確率は約37%でした。
- 調子の波に合わせて戦略を変えるべきですか?
- 論文が割れているため、データだけからは一律の助言を導けません。本稿は特定の手法を推奨せず、確認できた事実と未確認の事項を区別して示しています。