原理原則ゴルフ

戦略と統計の原理/原理解説

パットの実力はノイズと区別できないのか——Strokes Gainedの限界を考える

2025年のプレプリント(査読未確認)は、PGAツアーのデータでパットの実力差は他の種目より小さく、雑音と区別しにくいと報告した。論文の主張を確認できた範囲で整理し、Strokes Gainedの基準値依存・サンプルサイズ・アマチュア適用の限界を考える。

監修・執筆:原理原則ゴルフ編集部(編集部)

「パットは入る人と入らない人がいて、それは実力の差だ」と考えるのは自然である。ところが2025年6月にarXivへ投稿されたプレプリント(査読前の論文原稿)は、PGAツアーのデータで、パットの実力差は他の種目に比べて小さく、しかも観測データから見分けにくい、と報告した。本稿はこの論文の主張を確認できた範囲で整理し、あわせてStrokes Gained(ストロークス・ゲインド)という指標の限界を、基準値への依存、サンプルサイズ、アマチュアへの適用の3点から考える。Strokes Gained自体の仕組みはなぜ「パット数」では実力を測れないのかで扱っているため、本稿では繰り返さない。

要約

  • Brill & Wyner(2025)はarXivのプレプリントで、査読を経たことは確認できていない。2015年・2017年のPGAツアー553人シーズンを分析し、パットの実力差はドライバー・アプローチより小さく、統計的に有意なパッターはごく少数だったと報告している(出典: 論文本人)。
  • 同論文の報告値では、上位5%と下位5%の差は1ホールあたりドライバー0.115打、アプローチ0.081打、パット0.043打。72ホールに直すと約8.3打、5.9打、3.1打である。
  • 「実力がない」と言っているのではなく、「1シーズン程度のデータでは、実力差を他人と区別しにくい」という主張である。本稿の試算(仮定付き)では、実力差が観測値の半分を占めるまでに、約2,100ホール(約117ラウンド)が必要になる。
  • Strokes Gainedは基準値(平均的な選手の期待打数)に依存し、基準が変われば値も変わる。アマチュアへの適用は、本稿では検証した資料を確認できていない。

1. 論文は何を主張しているか

論文はRyan S. BrillとAbraham J. Wynerによる「Putting Skill as Nearly Indistinguishable from Noise: An Empirical Bayes Analysis of PGA Tour Performance」で、2025年6月26日にarXivへ投稿された(arXiv:2506.21822)。arXivは査読を経ずに公開できる投稿サイトであり、本稿が確認した範囲では、学術誌に掲載された情報はない。結論はそのため暫定的に扱う必要がある。

分析は、Mark BroadieのStrokes Gained分析を土台にしている。経験ベイズ(全体の分布を使って、個人ごとの推定値を平均の方向へ引き戻す統計手法。この引き戻しを「縮小(シュリンケージ)」と呼ぶ)で各選手の潜在的な実力を推定し、FDR(偽の「発見」の割合を抑える多重検定の方法)を使って、平均と有意に違う選手を数えている。

論文のHTML版で確認できた主な数字は次のとおりである。

  • データ: PGAツアーShotLinkの2015年と2017年、83大会。150ホール未満の選手を除いた553人シーズン。
  • 実力の幅(上位5%と下位5%の差、1ホールあたり): ドライバー0.115打、アプローチ0.081打、パット0.043打。
  • 有意な選手の数(FDR水準0.10): ドライバー259人、アプローチ72人、パットは3人。論文は、パットで水準0.01では2人、0.05と0.10では3人だったと述べている。
  • 推定の縮小は、パットが最も強く、次いでアプローチだった。信号に対する雑音の比が低いことを意味する。
上位5%と下位5%の差(72ホール換算・打)ドライバー8.3アプローチ5.9パット3.1出典: Brill & Wyner (2025) の値。概念の整理用に棒グラフ化。
図1: 種目ごとの実力差の大きさ(プレプリントの報告値を本メディアが作図。査読前の値)。

著者らは、パットは「実力差が小さいだけでなく、推定もはるかに難しい」という趣旨を述べ、パットの上手さと見えているものの多くは、持続する能力ではなく偶然かもしれない、と論じている。これは論文の主張であり、本稿が独自に再現したものではない。なお、以上の数値は、論文のHTML版を本メディアの取得ツールで読み取った結果であり、PDFの表や式までは読み取れていない。

2. 従来の見方との関係——割れているのか

Broadie(2012、Interfaces誌)は、PGAツアー選手のスコア差のうち、100ヤード超のロングゲームが約3分の2を説明すると報告した(誌の要旨による。RePEc掲載の要旨)。つまりパットを含むそれ以外が約3分の1で、Brill & Wynerの方向性と矛盾しない。ただし両者の問いは違う。Broadieは「スコア差を何が説明するか」、Brill & Wynerは「その成分の個人差が、雑音と区別できるか」を問うている。

パットの実力が存在しないという結論にはなっていない。論文は「ほぼ雑音と区別できない」と述べているが、これは本稿の見立てでは「現在のデータ量と手法では、個人差を確定しにくい」という意味であり、実力ゼロの主張とは別である。この点、論文のどこまでが「実力が小さい」で、どこからが「測りにくい」なのかは、本稿では原文の式まで確認できていない。一方で、パットの個人差を大きく見積もる研究や、別の指標でパッターを識別する研究も、本稿では確認していないため、「結論が割れている」とも「そろっている」とも言い切れない。

3. なぜ雑音が大きいのか——試算

パットは1回ごとの結果が、距離やグリーンの状態に加えて、偶然の影響を強く受ける。実力差が小さく、1ホールのばらつきが大きいほど、少ないホール数では実力が見えない。この関係を、本メディアの簡易試算で確かめた。

試算の仮定(出典のある値ではない): ①実力差の標準偏差を、論文の上位5%と下位5%の差0.043打から、正規分布を仮定して0.043÷(2×1.645)=約0.013打/ホールとした。②パットの1ホールあたりの結果のばらつき(標準偏差)を0.6打と仮定した。論文の値ではなく、本メディアの仮定である。③ホールごとの結果は独立とした。この条件で、観測値の分散のうち実力差が占める割合(信頼性)を計算した。

記録したホール数目安実力差が占める割合(試算)
181ラウンド約1%
724ラウンド約3%
45025ラウンド約18%
1,000約56ラウンド約32%
約2,100約117ラウンド50%
0%25%50%75%100%06001200180024003%18%32%50%パットを記録したホール数実力差の占める割合
図2: ホール数を増やすと、観測されるパット成績に占める「実力差」の割合がどう増えるかの試算(本メディア作図。試算に基づく図。仮定は本文の第3章)。

ばらつきを0.5打と仮定すると50%に必要なホール数は約1,460、0.7打なら約2,870で、仮定に強く依存する。重要なのは具体的な数字より、「1〜数ラウンドの結果から実力の差を語るのは、仮定を変えても難しい」という形である。この試算は、パットの上手い下手が「存在しない」ことを示すものではない。

4. Strokes Gainedの限界

4-1 基準値に依存する

Strokes Gainedは、「その地点から平均的な選手が入れ終えるまでの期待打数」を基準に、実際の結果との差を測る。したがって、基準は誰を平均とみなすか、どのデータで作るかで変わる。Broadieの分析はPGAツアーのデータに基づく基準である(Broadie 2011年版原稿)。そのため、基準と異なる環境の選手に当てはめると、「平均より上か下か」の意味が変わる。パットの場合、距離の基準にグリーンの速さや傾斜は通常含まれないと考えられるが、本稿ではその点を論文で確かめていない。Brill & Wynerも、距離やグリーン条件のような測られていない要因が結果に影響しうる点を、限界として挙げている。

4-2 サンプルサイズ

前章のとおり、パットの数値は少ないホール数では雑音が大きい。1ラウンドのパットのStrokes Gainedで「今日はパットが良かった」と言うことは、記述としては正しくても、実力の判断材料としては弱い。ここで言う「雑音」は誤差や不正確さではなく、同じ実力でも毎回違う結果になる偶然の幅のことである。

4-3 アマチュアへの適用

Broadieの原稿が使うのはPGAツアーのデータで、アマチュアの標準的な基準値は含まれない、というのが本稿の取得結果である。アマチュアでStrokes Gainedを使うには、基準を自分の層に合わせたデータで作る必要があるが、そのような基準の妥当性を検証した資料を、本稿は確認していない。アマチュアは年間のラウンド数が少なく、全ショットを記録することも少ないため、前章の理屈からも、パットの数値は一層読みにくくなると考えられる(この点は本稿の推論であり、実証ではない)。

5. 読者の使い方への示唆

特定の練習法や商品を勧めるものではない。ここまでの議論から、一般的に言えることだけを書く。パットの成績は、1回や数ラウンドの結果で「上手くなった・下手になった」と決めず、ホール数を重ねて見るほうが誤認しにくい。また、パット以外の種目の数値のほうが、同じホール数でも個人差を読み取りやすい、というのが論文の方向性である。関連して、グリーン読みの手法の検証はAimPointの記事、転がりの物理はパットの転がり理論の記事を参照されたい。

本稿で確認できなかったこと

  • Brill & Wynerの論文が査読を経て掲載されたかどうか。確認できた範囲ではプレプリントのみ。
  • 論文のPDFの式・表。数値はHTML版の本文の読み取りによる。パットの1ホールあたりのばらつきの値は確認できておらず、第3章は本メディアの仮定で計算した。
  • 論文の結果が、他の年やPGAツアー以外のデータにも当てはまるか。
  • Broadie(2012)の原文でのStrokes Gainedの基準の作り方の詳細と、アマチュアへの適用の検証。2011年版原稿は取得したが、詳細な数値は読み取れていない。
  • パットの個人差を大きいと見積もる、反対の立場の研究の有無。

参考文献・出典

  1. Brill RS, Wyner AJ. Putting Skill as Nearly Indistinguishable from Noise: An Empirical Bayes Analysis of PGA Tour Performance. arXiv:2506.21822 (2025, プレプリント・査読未確認). https://arxiv.org/abs/2506.21822
  2. Broadie M. Assessing Golfer Performance on the PGA TOUR. Interfaces 42(2):146-165 (2012). https://ideas.repec.org/a/inm/orinte/v42y2012i2p146-165.html
  3. Broadie M. Assessing Golfer Performance on the PGA TOUR(2011年版原稿). https://columbia.edu/~mnb2/broadie/Assets/strokes_gained_pga_broadie_20110408.pdf
  4. 本メディア「なぜ「パット数」では実力を測れないのか」。

第3章と図2の数値は、本メディアが仮定(実力差の正規分布、パットの1ホールの標準偏差0.6打、独立性)を置いてPythonで計算した試算で、出典のある研究結果ではない。図1は論文の報告値を作図したもので、査読前の値である。

よくある質問

パットの実力は存在しないということですか?
そうは言えません。論文は「ほぼ雑音と区別できない」と述べていますが、本稿の読みでは、現在のデータ量と手法では個人差を確定しにくいという意味です。ただし論文は査読前のプレプリントで、結論は暫定的です。
パットのStrokes Gainedは何ラウンド分見れば意味がありますか?
確定的な数字はありません。本稿の試算(仮定付き)では、実力差が観測値の半分を占めるのに約2,100ホール必要でしたが、仮定により大きく変わります。少ないラウンド数で上手い下手を決めないことが要点です。
アマチュアでもStrokes Gainedは使えますか?
PGAツアーの基準値を前提に作られた指標のため、アマチュアに当てはめる妥当性を検証した資料は本稿では確認できていません。使う場合は、基準が自分の層に合うか、ホール数が十分かに注意が必要です。
パット以外の種目では実力差は見分けやすいのですか?
同論文の報告では、有意な選手数はドライバー259人、アプローチ72人、パット3人でした。ただし2015年と2017年のPGAツアーのデータに基づく報告で、他の条件への一般化は確認していません。