原理原則ゴルフ

コース設計の原理/コースガイド

カーヌスティ・ゴルフリンクス(Carnoustie Golf Links)Championship Course

スコットランド アンガス州 カーヌスティ/開場1842年

設計:オールド・トム・モリス(Old Tom Morris)

スコットランド東海岸のリンクスコースで、The Open選手権を8回開催(1931・1937・1953・1968・1975・1999・2007・2018年)してきた、世界屈指の難コースとされる。バリー・バーン(小川)が幾度も横切る18番は「世界で最も厳しい最終ホールの一つ」として知られ、1999年大会でのジャン・ヴァンデヴェルデの大叩きの舞台としても有名。

カーヌスティの原型となる10ホールのコースは、アラン・ロバートソンがオールド・トム・モリスの助力を得て設計し、1842年に開場したと伝えられている。バリー・バーンと呼ばれる小川がコースを何度も横切る特徴的な地形は、この時期から既にコースの核をなしていたとされる。1926年にはジェームズ・ブレイドが大規模な改修を行い、ホールの延伸・バンカー追加・グリーン位置の変更などを通じて選手権開催に耐えうるコースへと作り替え、その5年後の1931年に初のThe Open選手権開催に至ったとされる。

The Openはその後も繰り返しカーヌスティで開催され、2018年大会までに通算8回を数える。中でも1999年大会では、最終18番で3打差のリードを持っていたジャン・ヴァンデヴェルデがバリー・バーン絡みの大叩きを演じてプレーオフに持ち込まれ、ポール・ローリーが優勝するという劇的な結末が語り継がれている。6番ホールは、1953年大会を制したベン・ホーガンにちなみ、2003年に当時の全英オープン王者ポール・ローリーによって正式に「ホーガンズ・アレー」と命名されたとされる。

各ホールのヤーデージ・レイアウト・マネジメント

6番 パー5(愛称"ホーガンズ・アレー")

アウトオブバウンズの柵沿いに、フェアウェイ中央のバンカー群が攻めのラインを狭める3打ホール。1953年大会でベン・ホーガンがこのホールを攻略した戦略にちなみ、2003年にポール・ローリーによって正式に「ホーガンズ・アレー」と命名されたとされる。

18番 パー4(バリー・バーンを越える最終ホール)

バリー・バーンと呼ばれる小川がフェアウェイとグリーン手前を横切る、「世界で最も厳しい最終ホールの一つ」とされるホール。1999年大会では、3打差のリードでこのホールに立ったジャン・ヴァンデヴェルデが池絡みの大叩きを演じ、プレーオフの末にポール・ローリーが優勝するという劇的な結末の舞台となった。1975年・1999年・2007年のThe Openはいずれもプレーオフで決着している。

コース全体のルーティング概観

カーヌスティ・ゴルフリンクス(Carnoustie Golf Links)Championship Courseのホールルーティング模式図
公開されている情報をもとに作成したオリジナルの簡易模式図です。実測に基づく精密な測量図ではありません。

出典:Wikipedia「Carnoustie Golf Links」「James Braid (golfer)」、Sky Sports「Hogan's Alley, Carnoustie」、PerryGolf「Carnoustie Golf Links」、Carnoustie Golf Links公式サイト(championship-course・about-us/heritage)等をもとに構成。原設計の詳細な担当範囲(ロバートソン/モリスの分担)については資料間で表現の幅があるため、両者の関与として記載するに留めた。(2026-09-23再確認:公式サイトHeritage/Timelineページで、アラン・ロバートソンが設計しオールド・トム・モリスが補佐した10ホールが1842年に開場、1867年にトム・モリスが18ホールに拡張、1926年にジェームズ・ブレイドが改造したことを再確認、既存記載に変更なし)