コース設計の原理/コースガイド
茨木カンツリー倶楽部
大阪府茨木市/開場1923年
設計:井上誠一
1923年開場、日本プロゴルフ選手権の第1回会場を務めた歴史を持つ西日本の名門。戦前は東コース(デビッド・フッド設計、C.H.アリソンが改造に関与したと伝えられる)で日本オープンが3度開催され、戦後は井上誠一設計の西コースで3度開催された。2011年にはリース・ジョーンズにより西コースの改修が行われている。
茨木カンツリー倶楽部は1923年(大正12年)に開場し、1926年には後に日本プロゴルフ選手権の第1回として位置づけられる大会(当時の大会名は「関西プロフェッショナル争覇戦」で、翌1927年から「日本プロ選手権」に改称されたと伝えられる)の舞台となるなど、日本のゴルフ史の初期を代表するクラブの一つとされる。開場当初の東コースはスコットランド出身のプロゴルファー、デビッド・フッドが設計し、後年C.H.アリソンが改造に関与したと伝えられている。戦前の日本オープン選手権はこの東コースで3度開催された。
戦後は井上誠一の設計による西コースが整備され、日本オープン選手権が3度(2023年は倶楽部創設100周年に合わせて開催)、日本女子オープン選手権も開催されたとされる。2011年にはアメリカの設計家リース・ジョーンズにより西コースの改修が行われ、井上誠一が意図した設計コンセプトを保ちながら、1グリーン化や現代の飛距離水準への対応が図られたと伝えられている。駒ケ池と呼ばれる池をはさんだ丘陵地形が、コース全体のルーティングの軸になっているとされる。
コース全体のルーティング概観
出典:Wikipedia「茨木カンツリー倶楽部」、茨木カンツリー倶楽部公式サイト(倶楽部について・日本オープンゴルフ選手権ページ)、JGA GOLFPEDIA、ゴルフダイジェス社コースガイド等をもとに構成。東コース各ホールの詳細、デビッド・フッドとC.H.アリソンの具体的な改造範囲、西コースの正式開場年については本セッションでは複数資料での裏付けが取れなかったため、holeNotesは記載せず概要のみとした。 茨木カンツリー倶楽部公式サイト(https://ibarakicc.com/ 、沿革ページ https://ibarakicc.com/about/history_01.php )で、東コース設計者デビッド・フッドの出身地が「スコットランド」であること、1926年大会の当時の名称が「関西プロフェッショナル争覇戦」であったこと、西コースでの日本オープン開催が2023年開催分を含め3回目であることを確認し、該当箇所を修正した(2026-09-23ファクトチェック)。