コース設計の原理/コースガイド
霞ヶ関カンツリー倶楽部 西コース
埼玉県川越市/開場1932年
設計:井上誠一
1932年(昭和7年)6月12日開場、井上誠一が初めて手がけた設計作の一つとされる埼玉県川越市の名門コース。同倶楽部の東コース(1929年開場)とは設計者・開場時期がともに異なる。
霞ヶ関カンツリー倶楽部西コースは1932年(昭和7年)6月12日、井上誠一の設計により開場した。同倶楽部東コース(1929年開場、藤田欽哉・赤星四郎による設計にC.H.アリソンが関わったと伝えられる)とは、設計者・開場時期がともに異なるコースである。井上誠一は、廣野ゴルフ倶楽部でのC.H.アリソンの仕事ぶりを間近で見て設計家を志したと伝えられており、西コースは井上にとって初期の代表作の一つに位置づけられる。
ブルーティーで6,887ヤード・パー73、コースレート74.1の規模を持つ。個別ホールの具体的なハザード配置・戦略性については、本セッションでは十分な裏付けが取れなかったため記載を見送る。
出典:Wikipedia日本語版「霞ヶ関カンツリー倶楽部」を参照。西コースの設計者が井上誠一であること、1932年(昭和7年)6月12日開場であることはWikipediaに加え複数のWeb検索結果(ゴルフダイジェスト社「golfdigest-play.jp」等)でも一致して確認できた。ブルーティー6,887ヤード・パー73という数値もWikipedia記載の内訳(OUT3,384Y+IN3,503Y)および複数の検索結果と一致した。ただし公式サイト(kasumigasekicc.or.jp)を直接取得したところブルーティー6,622ヤードという異なる数値が示され、コース改修等による後年の変更である可能性があるが、確定的な裏付けは取れなかったため、複数ソースで一致する既存の6,887ヤードを維持した。2026-09-24の再調査で、公式サイト「倶楽部の歴史」ページ(kasumigasekicc.or.jp/history/02.html)により、西コース開設が「わが国で初めて36ホールズを持つゴルフ場」の成立であったことを確認し追記した。同ページはC.H.アリソンの関与にも言及するが、井上誠一との役割分担(監修か実施設計か)は一次情報で明確に切り分けられなかったため、既存の井上誠一設計という記述を維持しつつ断定は避けている。個別ホールの特徴的な記述は本セッションでは確認できなかった。