コース設計の原理/設計家名鑑
小寺酉二
1897 - 1976
慶應義塾大学卒業後にプリンストン大学へ留学し、赤星六郎の指導を受けてゴルフを覚えた学生ゴルフの第一人者。戦後は日本ゴルフ協会常務理事としてゴルフ復興に尽力する一方、狭山ゴルフ・クラブなど「ワングリーン主義」のコースを設計した。
代表作:狭山ゴルフ・クラブ、相模原ゴルフクラブ(東コース)、嵐山カントリークラブ
小寺酉二は兵庫県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、1922年に米プリンストン大学へ留学し、留学中に赤星六郎からゴルフの指導を受けた。戦前は日本アマチュア選手権・関西アマチュア選手権で活躍する、学生ゴルフ界の第一人者だったとされる。戦後は日本ゴルフ協会(JGA)常務理事として、ゴルフ界の復興に尽力した。
設計家としては、当時の日本で二グリーン(ワングリーンの摩耗対策として2つのグリーンを使い分ける方式)が主流だった時代に、一貫してワングリーン主義を貫いたことで知られる。1959年開場の狭山ゴルフ・クラブ(2016年日本オープン開催、松山英樹が優勝)では約350坪という巨大な単一グリーンを作り上げた。この他、相模原ゴルフクラブ東コース(1955年前後開場)、嵐山カントリークラブ(1962年)なども代表作とされる。海外プレー経験を反映した起伏やマウンドの多い「古典的なイングリッシュスタイル」が作風の特徴とされる。
コースガイド
出典:JGA GOLFPEDIA、嵐山カントリークラブ公式サイト等をもとに構成。相模原ゴルフクラブの開場年は資料により1955年・1957年の揺れがある。