ゴルフボールの原理/変遷史
なぜ韓国のメーカーは「白くないゴルフボール」に賭けたのか——Volvikの変遷史
ゴルフボールは白いもの、という常識に反して、鮮やかなカラーボールで存在感を示してきたVolvik。1980年創業の韓国メーカーが、なぜこの分野に特化していったのかを追う。
1980年創業、韓国発のゴルフ用品メーカー
Golfballs.comの紹介記事によれば、Volvikは1980年5月に創業された韓国のゴルフ用品・アパレルメーカーである。カラーボールの分野で韓国国内における主要サプライヤーの一つとなり、2009年からはプレミアム市場にも参入したとされる。同記事が紹介する時点の数値では、世界で58件の特許を保有しているという。
「反射しにくいコーティング」という視認性の訴求
Volvikは、光を反射しにくい特殊なコーティングによって鮮やかな発色を実現し、視認性を高めていると説明しているとされる。2016年には、同社初となるマット仕上げのボール「Volvik Vivid」を投入したという。
韓国女子ゴルフブームを追い風に
2012年からは海外への輸出を開始し、紹介記事の時点で約80カ国と取引があるとされる。朴セリ(Se-Ri Pak)を契機とした韓国女子ゴルフ人気を背景に、Chella ChoiやLee Ilhee、Lee Mi Hyangといった韓国出身のLPGA選手にカラーボールを供給してきたという。2017年には2度のマスターズ王者バーバ・ワトソンとピンクボールでの契約を結んだが、契約期間中に優勝がなく1年で契約が終了したと伝えられている。またワールド・ロングドライブ選手権のタイトルスポンサーを務めるなど、飛距離のアピールを絡めたマーケティングも行ってきたとされる。
なお、本記事で紹介した情報は主にGolfballs.comの単一記事に基づくものであり、他媒体でのクロスチェックは実施できていない。数値や年号、選手起用の最新動向についても、本記事作成時点での裏取りは限定的である点に留意されたい。
関連記事:ボールの色と見え方・規則上の扱い。
よくある質問
- Volvikはなぜカラーボールに特化しているのですか?
- 1980年創業の韓国メーカーで、光を反射しにくいコーティングによる視認性の高さを訴求しながら、韓国国内のカラーボール市場で主要サプライヤーの一つとなったとされています。
- Volvikはどんな選手を起用してきましたか?
- 韓国出身のLPGA選手への供給に加え、2017年には2度のマスターズ王者バーバ・ワトソンとピンクボールで契約したと伝えられています。ただし契約期間中に優勝がなく、1年で契約が終了したとされています。
関連記事
- ボールはなぜ白が定番か——黄色・オレンジの見え方と規則上の扱い
ゴルフボールの色は規則で決まっているのか。R&Aの用具規則の確認結果、白が定着した歴史、視認性を測った実験、メーカー公式の説明を、確認できたことと確認できなかったことに分けて整理する。
- ゴルフボールの寿命は何ラウンドか——劣化の科学を、確認できた数字だけで読む
「約7ラウンド」「12時間の浸水で劣化」は本当か。業者・メーカーの主張と区別し、池に12か月沈めた実験など、本文を確認できた定量データだけで整理する。
- なぜゴルフボールのディンプルは300〜500個に落ち着いたのか——William Taylorの1905年特許と配置設計の変遷史
ガッティの「傷」が偶然もたらした発見は、20世紀に入ると体系的なディンプル設計へと発展したと伝えられている。1905年のWilliam Taylorの特許取得から、現在主流の六角形配置に至るまでの設計思想の変遷を追う。
- なぜタイヤ会社の糸巻きボールが世界最多特許のブランドになったのか——Srixonの変遷史
1888年に世界初の空気入りタイヤを発明した英国由来の技術を持つ住友ゴム工業が、1960年代からゴルフボール開発に参入していた。他社向けOEM製造から自社ブランドへ転じたSrixonの成り立ちを解説する。
- なぜガッティの「傷」がゴルフボールの飛び方を変えたのか——フェザリーからガッタパーチャへの変遷史
1848年に登場したガッタパーチャ製ボール「ガッティ」は、使い古して傷だらけになるほどよく飛ぶという奇妙な現象が観察されたと伝えられている。手縫いの羽根玉「フェザリー」からの転換と、意図的なくぼみ加工が生まれるまでの経緯を追う。