コース設計の原理/設計家名鑑
赤星六郎
1901 - 1944
赤星四郎の実弟。1927年の第1回日本オープンゴルフ選手権で優勝(日本オープン史上唯一のアマチュア優勝者)。C.H.アリソンの来日に影響を受け、相模カンツリー倶楽部・我孫子ゴルフ倶楽部を設計した。42歳で死去。
代表作:相模カンツリー倶楽部、我孫子ゴルフ倶楽部
赤星六郎は実業家・赤星弥之助の六男で、赤星鉄馬・赤星四郎の実弟にあたる。19歳で渡米し、ローレンスビル・スクールを経てプリンストン大学在学中にゴルフを始め、全米オープン優勝者シリル・ウォーカーの指導を受けたとされる。1924年にはパインハースト・スプリング・ミーティング・トーナメントで優勝、1927年の第1回日本オープンゴルフ選手権では優勝を果たした。これは日本オープンの歴史上、唯一のアマチュアによる優勝である。
1930年のC.H.アリソン来日に強い影響を受けてコース設計にも携わるようになり、相模カンツリー倶楽部と我孫子ゴルフ倶楽部を設計した。1944年、42歳で死去している。
なお生年について一部で1898年説が語られることがあるが、本セッションで確認した複数の情報源(Wikipedia、コトバンク、日本ゴルフ協会関連資料等)はいずれも1901年6月10日生まれとしており、1898年説の出典は確認できなかった。
コースガイド
出典:Wikipedia日本語版「赤星六郎」、コトバンク、JGA GOLFPEDIA等をもとに構成。生年1898年説は出典未確認のため採用していない。