クラブの原理/変遷史
なぜPINGという社名は「音」から生まれたのか——AnserパターとKarsten Solheimの変遷史
General Electricのエンジニアだったノルウェー系移民が、自宅ガレージで作ったパターの打球音から社名が生まれた。1966年発表のAnserパターがゴルフ史上最も模倣された形状の一つになるまでの変遷を解説する。
打った瞬間の「ピン」という音
PINGという社名は、創業者Karsten Solheimが開発したパターでボールを打った際に鳴る「ピン」という金属音に由来するとされる。ノルウェー系移民でGeneral Electricの機械技師だったSolheimは、1959年、カリフォルニア州レッドウッドシティの自宅ガレージで最初のパター「1A」を製作した。シャフトをヒール側ではなくヘッド中央付近に取り付け、周辺に重量を配分するという当時としては異色の設計思想を持ち込んだ製品だった。
1966年発表のAnserパター
Solheimはこの発想をさらに発展させ、1966年に「Anser」パターを正式発表した。ヒール・トゥ両端に重量を集中させたブレード形状のこのパターは、1967年にプロゴルファーJulius BorosがPGAツアーのフェニックスオープンで使用して優勝したことで一気に知名度を高めたとされる。同じく1967年、SolheimはGEを退職してKarsten Manufacturing社を設立し、PINGブランドとしての展開を本格化させた。なお、最初のパター「1A」の具体的な製作年・場所や、Anser発表の正確な日付(1966年1月13日など)については、本記事作成時点で一次資料による確定的な裏付けまでは取れていない。
ゴルフ史上最も模倣された形状の一つへ
Anserパターの基本形状——ヒール・トゥに重量を配した台形状のブレードデザイン——は、その後数十年にわたり世界中のパターメーカーによって参照され続ける、いわば「テンプレート」のような存在になった。ガレージでの発明から始まったPINGは、パター専業メーカーとして出発し、その後アイアン・ドライバーを含む総合クラブメーカーへと展開していくが、その一貫した軸にあるのは、Solheimがエンジニアとして持ち込んだ「重量配分によってミスヒットの影響を減らす」という周辺加重の発想である。
なお、PINGがパター専業から総合メーカーへ転換していった詳細な時期・経緯については、本記事作成時点で年表としての裏付けまでは取れておらず、今後の追加取材課題としたい。
関連記事:CallawayによるOdyssey買収の経緯、Scotty Cameronの軌跡、ヒール・トゥ加重とキャビティバックの起源。
よくある質問
- PINGという社名はどこから来たのですか?
- 創業者Karsten Solheimが開発したパターでボールを打った際に鳴る「ピン」という金属音に由来するとされています。
- Anserパターが有名になったきっかけは何ですか?
- 1966年の発表翌年、1967年にプロゴルファーのJulius BorosがPGAツアーのフェニックスオープンでAnserパターを使用して優勝したことが、知名度を高める大きなきっかけになったとされています。
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