コース設計の原理/設計家名鑑
C.H.アリソン(チャールズ・ヒュー・アリソン)
1882 - 1952
イギリスの名匠ハリー・コルトの事務所(コルト・アンド・アリソン、後にコルト・マッケンジー・アンド・アリソン)でパートナーを務めた設計家。1930〜31年の来日で廣野ゴルフ倶楽部を手がけ、戦略性の高い「攻める者には報酬、逃げる者には罰」というバンカー配置の思想を日本にもたらした。深いポットバンカーは今も「アリソンバンカー」と呼ばれる。
代表作:廣野ゴルフ倶楽部
C.H.アリソンは、20世紀初頭のゴルフコース設計界を牽引したハリー・S・コルトの事務所でパートナーを務めた設計家である。コルト、アリソン、そして後にアリスター・マッケンジーが加わった「コルト・マッケンジー・アンド・アリソン」は、戦略的設計(ストラテジック・デザイン)の思想を体系化した設計事務所として知られる。アリソン自身はコルトの右腕として各地の現場を歩き、特にバンカーの配置と深さによってプレーヤーの意思決定を促す手法に長けていたとされる。
アリソンは1930年から31年にかけて来日し、日本のゴルフコース設計に大きな影響を残した。その代表作が兵庫県三木市の廣野ゴルフ倶楽部(1932年開場)である。廣野で採用された深いポットバンカーは、現在の日本のゴルフ界でも「アリソンバンカー」という固有名詞で呼ばれ続けており、単なる罰打エリアではなく、グリーンを狙うライン取りそのものを規定する戦略的な障害物として設計されている点が特徴とされる。
アリソンの来日時には霞ヶ関カンツリー倶楽部(東コース)の改良にも助言者として関わったとされ、当時現場で学んだ井上誠一や上田治、赤星四郎・赤星六郎兄弟など、後に日本人設計家として活躍する人物たちに大きな影響を与えた。廣野以外の国内コースへの具体的な設計関与の詳細(どの範囲を自ら設計したか)については、本セッションでは十分な裏付けが取れなかったため断定を避ける。
コースガイド
廣野ゴルフ倶楽部
C.H.アリソンが約1週間で設計を完成させたとされる、パー72・チャンピオンティ7,015ヤードの松林コース。深いアリソンバンカーが刻む戦略性の高さから、国内外で日本を代表するコースの一つと評される。2019年にはマーティン・イーバートによる大規模改修が行われた。
川奈ホテルゴルフコース 富士コース
伊豆・川奈の断崖上に開ける、C.H.アリソン設計の海岸コース。相模灘と富士山を望む景観から「世界ゴルフ100選」の常連として知られ、日本オープン等の主要競技も開催されてきた。地質が溶岩台地であったため、造成時は他所から土を船で運び入れたと伝えられている。
霞ヶ関カンツリー倶楽部 東コース
1929年(昭和4年)10月6日開場、埼玉県内初のゴルフ場とされる。藤田欽哉・赤星四郎による設計にC.H.アリソンが関わったと伝えられ、1957年にはカナダカップ(現ワールドカップ)を日本で初開催、2021年(2020年東京オリンピック延期開催)のゴルフ競技会場にもなった。
出典:Golf Club Atlas「Gliding Past Fuji」(Tom MacWood)、廣野ゴルフ倶楽部関連資料、井上誠一・上田治の経歴資料等をもとに構成。廣野以外の国内設計関与の詳細は未確認。