原理原則ゴルフ

クラブの原理変遷史

なぜドライバーのヘッドは「460cc」で頭打ちになったのか——大型化競争と規制の変遷史

1990年代後半から2000年代前半にかけて、ドライバーのヘッド体積は急激に膨張を続けた。その大型化競争に区切りをつけたのが、USGAが定めた460ccという上限だったとされる。

監修・執筆:原理原則ゴルフ編集部編集部

190ccから始まった大型化競争

金属製ヘッドのドライバーが普及し始めた当初、ヘッド体積は現在からすると小ぶりなものだった。Callawayの「ビッグ・バーサ」は190ccから290cc(1997年)へと拡大したと伝えられており、当時としては大型化の象徴的な存在だったとされる。その後も各社の競争は続き、体積は2000年頃に350cc前後、2001年に400cc前後まで拡大したとされる。

500ccクラスの登場と規制の予兆

大型化競争はさらに進み、2002年には「Bullet B52」のような500ccクラスのヘッドも登場したと伝えられている。ヘッドが大きくなるほど慣性モーメントが増して曲がりにくくなる一方、際限のない大型化はクラブ設計における技術競争の性格を変えかねないとの懸念があったとみられる。

460ccという上限の設定

こうした流れに対し、USGAは2003年10月29日に460ccを上限とする規定を発表し、2004年から適用したとされる。これにより、ヘッド体積を無制限に拡大する方向での技術競争には歯止めがかかり、以後のドライバー開発は反発力や重心設計など体積以外の要素に重心を移していくことになったと考えられている。なお、この時期の飛距離の伸びについては、方法論が確認できないアマチュア対象の調査で1998年から2005年にかけて平均飛距離が200ヤードから220ヤード程度まで伸び、規制後は216〜217ヤード程度に落ち着いたとする報告もあるが、調査手法の詳細は確認できていない。

よくある質問

460ccという数字はどのように決まったのですか。
USGAが2003年10月29日に発表した規定で定められた上限だとされるが、具体的にこの数値に至った技術的・統計的な根拠を示す一次資料は確認できていない。
460cc規制の後、ドライバー開発はどう変わったのですか。
ヘッド体積を拡大する方向での競争には上限が生まれたため、以後は反発力の最適化や重心位置の調整、可変機構など、体積以外の要素での差別化に開発の重心が移っていったと考えられている。