原理原則ゴルフ

弾道の物理/原理解説

ボールの飛行物理——スピン・マグヌス効果・ディンプルの研究で確認できること

ゴルフボールの飛びを決める抗力と揚力を、風洞実験と数値計算の論文を実際に開いて確認した範囲で整理する。ディンプルが抗力を下げる仕組み、バックスピンのマグヌス効果、本メディアの簡易試算、確認できなかった点を、出典の種類を区別して書く。本稿の数値の多くは、風洞実験・数値計算の別を明記している。

監修・執筆:原理原則ゴルフ編集部(編集部)

ゴルフボールは、打ち出されてから止まるまで、重力のほかに「空気抵抗(抗力)」と「揚力」を受けて飛ぶ。このうち、表面のくぼみ(ディンプル)は抗力を、バックスピンは揚力を左右するとされる。本稿は、ボール周りの空気の流れについて公開されている研究のうち、本文を実際に開いて確認できたものを中心に、スピン・マグヌス効果・ディンプルが飛びにどう関わるかを整理する。あわせて、確認できた数字の種類(風洞実験・数値シミュレーション・本メディアの試算)を区別して書く。歴史的な経緯はなぜゴルフボールにはくぼみがあるのか、ディンプルの個数の歴史も参照。

要約

  • ディンプルは、ボール表面の空気の流れを早めに乱流へ移行させ、抗力が急に下がる速度域(臨界領域)を低速側へずらす。風洞実験(Alam他, 2010)では、臨界はレイノルズ数(空気の流れの性質を表す無次元数)約10万付近で、その後の抗力係数は約0.20だった(風洞実験)。
  • 市販8銘柄の抗力係数には最大で約40%の差が見られたが、著者自身が「さらなる研究が必要」とする予備的な結果であり、価格や性能の優劣を示すものではない(風洞実験、1報告)。
  • バックスピンは揚力を生む(マグヌス効果)。数値シミュレーション(Crabill他, 2018)では、スピン比0.15で揚力係数約0.16、抗力係数は静止時の0.247から0.256へ小幅に上がった(数値計算、査読前のプレプリント)。
  • 本メディアの簡易試算では、同じ初速・打ち出し角でも、揚力がないと仮定すると飛びは大きく縮む。ただし出典のある研究結果ではなく、仮定に強く依存する。
  • 研究間で数値は一致していない。ディンプルの深さや個数で結果が変わり、結論が割れている点もある。

1. ディンプルが抗力を下げる仕組み

空気中を進む球は、前から押される力(抗力)を受ける。抗力の大きさは「抗力係数(CD)」で表され、速度が変わると係数も変わる。特になめらかな球では、ある速度を境に抗力係数が急に下がる現象が知られており、その速度域を臨界領域と呼ぶ。

Alam他(2010)は、RMIT大学の風洞で市販の8銘柄のゴルフボールと表面のなめらかなスカッシュボールを測った。風速は時速40〜140kmで、ボールを支える棒(スタッド)の影響は、棒だけの測定値を引いて補正している。結果として、ゴルフボールの抗力係数はレイノルズ数約1.0×105付近で約0.20まで急に下がり、その後の平均は約0.2だった。著者らは、ディンプルがあるために、臨界領域がなめらかな球よりも低いレイノルズ数側へずれると述べている(風洞実験)。論文の導入部には「高速で飛ぶゴルフボールの抗力は、なめらかな球の約半分」という記述もあるが、これは導入部の一般的な説明であり、同論文の測定値そのものではない。

なぜずれるのか。Crabill他(2018)は、ディンプルの内側に小さな剥離泡(空気の流れが表面からはがれてできる渦の領域)ができ、その上の薄い流れの層が不安定になって早く乱流へ移行するため、と整理している。これは数値シミュレーションと先行研究の紹介に基づく説明である。

速度(レイノルズ数)→抗力↑なめらかな球急降下が遅いディンプル球約10万で急降下
図1: 抗力が下がる速度域のずれ(概念図。本メディア作図。曲線の形は模式的で、縦軸の値は示していない。「約10万」はAlam他, 2010の計測値)。

ただし、実際の飛行域との関係には注意が要る。ボールの直径を42.67mm、空気の動粘度を1.5×10-5 m²/s(常温の概算値として本メディアが仮定)とすると、風洞の最大風速(時速140km=約38.9m/s)のレイノルズ数は約11万にとどまる(本メディアの計算)。ボール初速70m/sなら約20万になる(同)。つまり同論文の風洞実験は、実際の飛行域の低速側にあたる。論文中の図の横軸も約12万までである。

2. ディンプルの違いで抗力はどれだけ変わるか

Alam他(2010)では、とくに低速側で銘柄間の差が大きく、最大で約40%(TaylorMade、Callaway、Pinnacleの比較)に達した。最も安価なPinnacleが最も低い抗力係数を示し、六角形ディンプルのCallawayは円形ディンプルのボールとは別の傾向だった。著者らは、この差の原因を確定できておらず「さらに研究を進めている」と書いている。

他の研究の紹介としては、Crabill他(2018)が、Bearman & Harvey(1976、Aeronautical Quarterly)とChoi他(2006、Physics of Fluids)を要約している。前者は六角形ディンプルのボールが円形より抗力が低く揚力が高かったと報告し、後者は浅いディンプルでは臨界レイノルズ数が約8万、その後の抗力係数が約0.21、Bearman & Harveyのボールでは約5万、約0.25だったとされる(いずれもCrabill他による二次的な紹介で、原論文は本稿では確認していない)。さらに複数の研究で、ディンプルが深いほど臨界後の抗力係数が高く、臨界レイノルズ数が低い傾向がある、とも紹介されている。

以上から、「ディンプルは抗力を下げる」ことは複数の研究で共通する一方、個数・深さ・形のどの組み合わせが最適かについては、公開研究だけでは結論を出せない。メーカーの内部研究は公開されないことが多いと、Alam他自身が述べている。

3. バックスピンが揚力を生む(マグヌス効果)

回転しながら進む球は、進行方向と直角に力を受ける。これがマグヌス効果である。バックスピン(ボール上面が後ろ向きに動く回転)では上向きの揚力が生まれ、滞空時間と飛距離が伸びる。仕組みの解説はマグヌス効果の原理に詳しい。

揚力の強さは、「スピン比」(球の表面の回転速度÷飛行速度。Γ=ωr/U)に左右される。たとえば本メディアの計算では、毎分2,700回転(ω≒283 rad/s)、ボール半径21.3mmで、速度70m/sならΓ≒0.086、40m/sまで落ちればΓ≒0.15になる。ボールは減速するほどスピン比が上がる。

回転空気の流れ(ボール基準)揚力抗力(後ろ向き)
図2: バックスピンのボールが受ける力(概念図。本メディア作図、数値は含まない)。流れは模式的で、ボールの飛行方向は左から右。実際の流れの詳細は本稿の範囲外。

Crabill他(2018)は、Re=15万・スピン比0.15の条件で、ディンプル付きの球を数値シミュレーション(大規模渦シミュレーション)した。結果は表のとおり。比較として、同種の先行計算(Li他)と、Bearman & Harveyの風洞データからの読み取りも並べる(いずれもCrabill他の論文中の値)。

条件抗力係数揚力係数種類
Crabill他 静止0.247(ほぼ0)数値計算
Crabill他 スピン比0.150.2560.164数値計算
Li他(2017) スピン比0.10.2380.134数値計算(二次紹介)
Bearman & Harvey スピン比0.15相当約0.28約0.18風洞(Crabill他による読み取り)

同じ「静止」でも、Li他(2015)は0.217、Crabill他は0.247と、計算の間で差がある。Crabill他はこの差を、ディンプルの深さの違い(深いほど抗力が高い)で説明している。つまり、一つの係数値を「ゴルフボールの値」として一般化はできない。また、スピンで抗力がやや上がる点では一致するが、上がり幅は研究により5%、8%、11%と割れている(Crabill他の論文中の比較)。

なお、本論文は査読前のプレプリント(arXiv)として確認した。誌名(Sports Engineering)は原稿の見出しに書かれているが、掲載版そのものは本稿では確認していない。

4. 簡易試算:スピンと抗力で飛びはどう変わるか

以下は、本メディアが仮定を置いて計算した試算であり、出典のある研究結果ではない。

仮定は次のとおり。ボール質量45.93g、直径42.67mm、空気密度1.2kg/m³、初速70m/s、打ち出し角12度、風なし、地面は水平。抗力係数は一定(基準は0.25、Crabill他の静止時の値に近い値)。揚力係数は「1.1×スピン比」とし、上限を0.25とする(Crabill他の0.164/0.15≒1.1を参考にした本メディアの単純化)。スピンは飛行中に減衰しないとし、バウンドやランは含まない。これらをPythonで時間刻み1msの数値積分により計算した。

条件キャリー(試算)最高点(試算)
揚力なし(CD=0.25)129m8m
1,500rpm168m12m
2,700rpm207m19m
4,000rpm235m29m
2,700rpm、CD=0.20236m21m
2,700rpm、CD=0.50134m13m
キャリー(m・試算)揚力なし1,500rpm2,700rpm4,000rpm2,700rpm・CD=0.5129168207235134
図3: 本メディアの簡易試算によるキャリー(試算に基づく図。出典のある研究結果ではない)。初速70m/s・打ち出し角12度・CD=0.25(図の最下段のみ0.5)の仮定。

読み取れるのは傾向である。(1)揚力がなければ、同じ初速でもボールは低く短く落ちる。(2)抗力係数が0.25から0.20に下がれば約30m、0.5に上がれば大きく縮む、という感度がある。(3)一方、実際にはスピンを増やし続けても飛距離は伸び続けず、高く上がりすぎて落ちる(最適なスピン量がある)。今回の試算は揚力係数に上限を置いただけで、その効果を再現できていない。最適弾道の考え方は打ち出し角とキャリーの関係、スピンの減衰はバックスピンの減衰を参照。この試算の絶対値を、特定のクラブやボールの飛距離予測として使うことはできない。

5. 実際のプレーに引き寄せて考える

  • ボールを替えると弾道が変わるという説明は、ディンプルの違いだけでなく、カバー素材や構造(スピン量の違い)も絡むため、ディンプル単独の効果を切り分けるのは難しい。
  • 向かい風での弾道の変化については、本稿では一次情報を確認していない。別稿風と弾道の物理を参照。
  • 左右に曲がる原因は、スピン軸の傾きである。D-プレーン理論を参照。
  • ボールの総合的な性能は規則により上限が定められている。ボールの規格の原理を参照。

本稿で確認できなかったこと

  • Smits & Smith(1994、Science and Golf II)の空力モデルは、書誌情報を検索で確認したのみで、本文は開けなかった。数値は使っていない。
  • Bearman & Harvey(1976)とChoi他(2006)の原論文は本稿では開いていない。本文中の数値は、Crabill他による紹介を通じた二次情報である。
  • Penner(2003、Reports on Progress in Physics)は概要ページのみ確認できた。数値は引用していない。
  • 2010年の風洞実験は、最大風速が実際の飛行域の低速側にとどまる。ディンプルの形状の詳細(深さ・幅の比)は同論文でも未測定である。
  • スピン比と揚力係数の関係の「実測値の全体像」、スピン増加で抗力が上がる幅の確定値、ディンプルの最適な個数・深さは、今回確認した範囲では結論が割れている、または不明である。
  • メーカー各社が主張するディンプル設計の効果(飛距離の向上量など)は、独立した検証を確認できていない。

参考文献・出典

  1. Alam, F., Chowdhury, H., Moria, H., Brooy, R. L., Subic, A. (2010). A Comparative Study of Golf Ball Aerodynamics. 17th Australasian Fluid Mechanics Conference, Auckland. https://people.eng.unimelb.edu.au/imarusic/proceedings/17/176_Paper.pdf(風洞実験・本文確認済み)
  2. Crabill, J., Witherden, F., Jameson, A. (2018). High-Order Computational Fluid Dynamics Simulations of a Spinning Golf Ball. arXiv:1806.00378(プレプリント). https://arxiv.org/abs/1806.00378(数値計算・本文確認済み)
  3. Penner, A. R. (2003). The physics of golf. Reports on Progress in Physics, 66(2), 131-171. https://iopscience.iop.org/article/10.1088/0034-4885/66/2/202(概要ページのみ確認)
  4. Bearman, P. W., Harvey, J. K. (1976). Golf ball aerodynamics. Aeronautical Quarterly, 27, 112-122.(Crabill他・Alam他の引用を通じてのみ確認。原論文は未確認)
  5. Choi, J., Jeon, W., Choi, H. (2006). Mechanism of drag reduction by dimples on a sphere. Physics of Fluids, 18, 041702.(Crabill他・Alam他の引用を通じてのみ確認。原論文は未確認)
  6. Smits, A. J., Smith, D. R. (1994). A new aerodynamic model of a golf ball in flight. Science and Golf II, 341-347.(書誌情報のみ。原論文は未確認)
注記: 第1章末のレイノルズ数計算と第4章の試算は、本メディアが仮定(空気密度1.2kg/m³、動粘度1.5×10-5 m²/s、一定の抗力係数、揚力係数=1.1×スピン比で上限0.25、スピン減衰なし、風なし)を置いてPythonで計算した値であり、出典のある研究結果ではない。図1・図2は概念図、図3は試算に基づく図である。

よくある質問

ディンプルがあるとなぜ飛ぶのですか?
風洞実験(Alam他, 2010)では、ディンプル付きのボールは抗力が急に下がる速度域がなめらかな球より低速側にずれ、その後の抗力係数は約0.2だった。仕組みは、ディンプル内の小さな剥離泡が流れを早く乱流にするためと数値計算の論文で整理されている。ただし形状ごとの最適解は公開研究では確定していない。
マグヌス効果とは何ですか?
回転しながら進む球が、進行方向と直角の向きに力を受ける現象。バックスピンでは上向きの揚力となり、滞空時間が伸びる。数値計算(Crabill他, 2018)ではスピン比0.15で揚力係数が約0.16だった。
ボールの銘柄で抗力はどれくらい違いますか?
市販8銘柄を測った風洞実験(Alam他, 2010)では、とくに低速側で最大約40%の差が見られた。ただし著者自身が予備的な結果として追加研究が必要としており、価格や性能の優劣を示すものではない。
スピンが多いほど飛距離は伸びますか?
一定の範囲では揚力が増えて滞空が伸びるが、増やし続けても伸び続けるわけではなく、高く上がりすぎて落ちる最適値がある。本稿の簡易試算は揚力係数に上限を置いただけでこの限界は再現しておらず、絶対値は予測には使えない。