コース設計の原理/変遷史
なぜトム・ファジオは「自然に見えて実は作り込まれた」コースを追求したのか
資格を持つ測量士でも建築家でもなく、家族経営の設計会社で叩き上げたトム・ファジオ。200以上のコースを手がけた設計家のキャリアと評価を追う。
家族経営の会社からの独立
トム・ファジオは1945年2月10日生まれで、フィラデルフィア郊外の家族経営のコース設計会社でキャリアを始めたとされる。1972年、フロリダ州ジュピターで自身の設計会社を設立したとされる。
200以上のコースと評価
ファジオはこれまでに200以上のコースを設計したとされ、そのうち46コースが『ゴルフダイジェスト』誌の「米国最高の200コース」にランクインしたとされる。同誌から「Best Modern Day Golf Course Architect」を3度受賞し、1995年にはゴルフコース管理者協会(GCSAA)から「オールド・トム・モリス賞」を受賞したとされる。
代表作
代表作として、シャドウ・クリーク・ゴルフクラブ(ネバダ州ラスベガス、1990年)、レイク・ノーナ・ゴルフ&カントリークラブ(フロリダ州オーランド、1986年)、PGAナショナル・リゾート(フロリダ州パームビーチガーデンズ、1980年)などが確認できるとされる。ファジオの設計思想の詳細な言明(自然地形との調和や視覚的難度の抑え方など)については、今回の調査では一次資料からの十分な裏付けが取れておらず、経歴・実績を中心とした記述にとどめている。
よくある質問
- トム・ファジオはいつ自身の設計会社を設立しましたか?
- 1972年、フロリダ州ジュピターで設立したとされます。以降200以上のコースを手がけ、うち46コースが『ゴルフダイジェスト』誌の米国最高の200コースにランクインしたとされます。
- ファジオの代表作にはどのようなコースがありますか?
- シャドウ・クリーク・ゴルフクラブ(1990年)、レイク・ノーナ・ゴルフ&カントリークラブ(1986年)、PGAナショナル・リゾート(1980年)などが確認できるとされます。
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