コース設計の原理/変遷史
なぜロイヤル・カウンティ・ダウンは4人の設計家の手を経てきたのか——1889年開場からの変遷史
北アイルランドの名コース、ロイヤル・カウンティ・ダウンは1889年の開場以来、Old Tom Morrisをはじめ複数の設計家の手を経て今日の姿になったとされる。その変遷を追う。
1889年、Old Tom Morrisによる設計
ロイヤル・カウンティ・ダウン・ゴルフクラブは1889年3月23日に開場したとされる。最初の設計はOld Tom Morrisによるものとされ、その後George Combe、Harry Vardon、Harry Coltといった複数の設計家が改修に関わったと伝えられている。
マウン山地とアイリッシュ海を望む立地
コースはマウン山地とアイリッシュ海を望む砂丘地帯に位置しているとされ、この地形的な特徴が、視界が遮られる地点を含む起伏に富んだホール構成につながっているという説明がしばしばなされる。ただし、具体的なホールごとの設計意図や、視界に関する評価の詳細については、本稿で確認できる一次資料の範囲では十分な裏付けが取れておらず、ここでは踏み込まない。
複数の設計家が手がけた名門コース
一人の設計家による一度限りの完成形ではなく、Old Tom Morrisの原案を土台に、時代ごとに異なる設計家が手を加えてきたという経緯は、多くの歴史あるリンクスコースに共通する成り立ちの一例だとされる。ロイヤル・カウンティ・ダウンもその代表的な事例の一つに数えられている。
よくある質問
- ロイヤル・カウンティ・ダウンは誰が設計したのですか?
- 1889年にOld Tom Morrisが最初の設計を手がけ、その後George Combe、Harry Vardon、Harry Coltといった複数の設計家が改修に関わったとされています。
- コースはどのような立地にありますか?
- 北アイルランドのマウン山地とアイリッシュ海を望む砂丘地帯に位置しているとされています。
関連記事
- なぜわずか数週間の滞在で名コースが生まれたのか——マッケンジーのルーティング設計術
1926年、アリスター・マッケンジーはオーストラリアに短期間滞在しただけで、ロイヤル・メルボルンをはじめ複数のコース設計・改修に関わった。現地の名手アレックス・ラッセルへ自らの設計思想を伝え、短時間でルーティングの骨格を仕上げるという設計手法から、マッケンジーの仕事の進め方を読み解く。
- なぜオーガスタ・ナショナルは「セカンドショットのコース」と呼ばれるのか——マッケンジーとジョーンズの実打検証
1930年にグランドスラムを達成したボビー・ジョーンズと設計家アリスター・マッケンジーは、なぜ「内陸のリンクス」を目指したのか。ほぼ全ホールに用意された複数ルートという設計思想と、ジョーンズ自身が数百球を打って検証したという設計プロセスから、マスターズ会場の戦略性の原理を読み解く。
- なぜトム・ワトソンはバリーブニオンを改修する側に回ったのか——アイルランドの砂丘リンクスの変遷史
1893年創設のバリーブニオン・ゴルフクラブは、砂丘地帯を活かしたルーティングでアイルランド屈指の評価を受けてきた。1981年に初訪問したトム・ワトソンが、後に自らコースの改修を手がけるまでの経緯を追う。
- 迷彩の発想はどうコース設計に変わったのか——アリスター・マッケンジーの設計哲学
軍医からコース設計家に転じたアリスター・マッケンジー。彼の設計哲学の土台には、ボーア戦争での偽装(カモフラージュ)研究があったとされる。その経歴と思想を追う。
- 「ビアリッツ」はなぜグリーンを谷で分断するのか——スウェール設計の原理と変遷
巨大なグリーンの中央を深い谷(スウェール)が横切る「ビアリッツ」ホール。フランスの海岸コースに着想を得たとされるこのテンプレートは、なぜグリーン内に高低差をつくる設計を選んだのか。