コース設計の原理/原理解説
なぜオーガスタ・ナショナルは「セカンドショットのコース」と呼ばれるのか——マッケンジーとジョーンズの実打検証
1930年にグランドスラムを達成したボビー・ジョーンズと設計家アリスター・マッケンジーは、なぜ「内陸のリンクス」を目指したのか。ほぼ全ホールに用意された複数ルートという設計思想と、ジョーンズ自身が数百球を打って検証したという設計プロセスから、マスターズ会場の戦略性の原理を読み解く。
「内陸のリンクス」という共通の理想
アリスター・マッケンジーとボビー・ジョーンズには、共通する一つの理想があった。二人ともスコットランドのセント・アンドリュース Old Courseを深く敬愛し、その戦略性の高さをアメリカの内陸地に再現したいと考えていたとされる。1932年に開場したオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは、この「内陸のリンクス」という理想を形にする試みだった。マッケンジーは自著やコース設計を通じて、プレーヤーに複数の攻め方を用意するストラテジック設計を一貫して追求した設計家であり、オーガスタでもほぼ全てのホールに「安全だが遠回りなルート」と「リスクは高いが有利なルート」の両方が用意されている。
ジョーンズが数百球を打って検証した設計プロセス
オーガスタの設計を特徴づけているのは、その結果だけでなくプロセスそのものである。1931年、マッケンジーが描いたルーティング案をもとに、ジョーンズ自身が現地でティ位置やフェアウェイの着地点、グリーンの受け入れやすさを確かめるため、数百球規模の実打テストを行ったと伝えられている。当時全米屈指の名手だったジョーンズが「自分がどこに打ちたくなるか」「どこに打てば得をするか」というプレーヤー目線で設計案を検証したことで、机上のルーティング図だけでは生まれない、実際のショットの選択に根ざした戦略性がコースに織り込まれたと考えられる。マッケンジーは「理想の2打ホール」を選ぶコンテストで優勝した経歴を持つなど、3通りの攻め方ができるホール設計を得意とした設計家でもあった。
「セカンドショットのコース」と呼ばれる理由
オーガスタ・ナショナルが「セカンドショットのコース」と評されるのは、ティショットの落とし所そのものよりも、そこからグリーンへどう攻めるかという2打目の判断が、スコアを大きく左右する設計になっているためである。フェアウェイの起伏や高低差を利用して、同じ2打目でも打ち出す角度やスピン量によってグリーン上での止まり方が大きく変わるよう設計されており、11〜13番のいわゆる「アーメンコーナー」はその象徴として知られる。ジョーンズ自身のプレーヤーとしての経験がルーティング検証に直接反映されたという成り立ちは、他の多くの名コースにはない、オーガスタ独自の設計史上の特徴だといえる。
よくある質問
- オーガスタ・ナショナルはマッケンジー一人の設計ですか?
- いいえ。設計家アリスター・マッケンジーが中心となりましたが、施主でありプレーヤーでもあったボビー・ジョーンズが実打検証を通じて設計案に深く関与しており、両者の共同作業として作り上げられたコースとされています。
- 「セカンドショットのコース」とはどういう意味ですか?
- ティショットの落とし所そのものより、そこからグリーンへどう攻めるかという2打目の判断がスコアを大きく左右するように設計されているという評価です。フェアウェイの起伏や高低差が2打目の難易度に強く影響します。
関連記事
- 迷彩の発想はどうコース設計に変わったのか——アリスター・マッケンジーの設計哲学
軍医からコース設計家に転じたアリスター・マッケンジー。彼の設計哲学の土台には、ボーア戦争での偽装(カモフラージュ)研究があったとされる。その経歴と思想を追う。
- なぜ「戦略的設計」はゴルフコース設計思想の主流になったのか——懲罰的設計との対比
ミスを罰する「懲罰的設計」と、選択肢を用意する「戦略的設計」。ゴールデンエイジ以降のコース設計思想を二分してきたとされるこの対立軸は、何を根拠に語られてきたのか。
- なぜわずか数週間の滞在で名コースが生まれたのか——マッケンジーのルーティング設計術
1926年、アリスター・マッケンジーはオーストラリアに短期間滞在しただけで、ロイヤル・メルボルンをはじめ複数のコース設計・改修に関わった。現地の名手アレックス・ラッセルへ自らの設計思想を伝え、短時間でルーティングの骨格を仕上げるという設計手法から、マッケンジーの仕事の進め方を読み解く。
- 「移植」か「隠蔽」か——テンプレートホールとカモフラージュ設計、二つのゴールデンエイジ
C.B.マクドナルドとセス・レイナーは名ホールの型を各地に「移植」し、アリスター・マッケンジーは人工物を自然に「隠す」ことを追求した。同じゴールデンエイジに並存した対照的な設計思想を比較する。
- 16番パー3はなぜ生まれたのか——マッケンジーが手柄を譲った「不可能な一打」
ゴルフ界で最も有名なパー3とされるサイプレス・ポイント16番。設計者とされるアリスター・マッケンジー自身が「このホールの手柄は自分にはない」と語ったとされる相手は、女性ゴルファーでありゴルフ界の実力者でもあったマリオン・ホリンズだった。
関連コンテンツ