コース設計の原理/変遷史
一度も現地を見ずに名物ホールを再現する——セス・レイナーのテンプレート手法
測量技師からコース設計家に転じたセス・レイナーは、リダンやビアリッツといったテンプレートホールを独立後だけで80余りのコースに再現したとされる。その手法はどのように確立されたのか。
測量技師からの出発
セス・レイナーは、もともと土木・測量の技術者として教育を受けたとされ、ゴルフ経験がほとんどない状態でC.B.マクドナルドのもとで設計の仕事に携わるようになったとされる。マクドナルドが提唱した、著名なリンクスホールの戦略的要素を抽象化して再現する「テンプレートホール」の手法を、実務面で支えたのがレイナーだったとされる。
独立後のテンプレート量産
レイナーは後に独立して自身の設計事務所を構え、リダン・ビアリッツ・アルプスといったテンプレートホールを、独立後だけでおよそ85のコースに展開したとされる。数字については文献によって幅があり、「約100コース」という表現も見られるが、比較的裏付けの取れる数字としては独立後約85コースという説が有力とされ、断定的な数字の扱いには注意が必要とされる。
現地を見ずに設計するという手法
レイナーは測量技師としての技術を活かし、必ずしも現地を訪れることなく、地形図をもとに設計を進めることがあったとされる。テンプレートという抽象化された設計原理を持っていたからこそ可能になった手法とされ、個々の土地の自然地形にゼロから向き合う設計家たちとは異なるアプローチだったとされる。
関連記事:テンプレートホールとストラテジック設計の原理、リダンが北ベリックから複製された経緯、ナショナル・ゴルフ・リンクスの設計原理、テンプレートホールとカモフラージュ設計の比較。
よくある質問
- セス・レイナーはもともと何を専門としていましたか?
- 土木・測量の技術者として教育を受けており、ゴルフ経験がほとんどない状態でC.B.マクドナルドのもとで設計の仕事に携わるようになったとされます。
- レイナーはいくつのコースを手がけたとされますか?
- 独立後だけでおよそ85のコースにテンプレートホールを展開したとされます。「約100コース」という表現も見られますが、数字には文献間で幅があります。
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