コース設計の原理/原理解説
「コピー」でありながらなぜ独創的と評されるのか——ナショナル・ゴルフ・リンクスの設計原理
英国の名物ホールを模した複数のテンプレートホールで構成されたナショナル・ゴルフ・リンクス・オブ・アメリカ。単なる「コピー」ではなく独創的な一作と評されるのはなぜか。
C.B.マクドナルドが手がけた原点
ナショナル・ゴルフ・リンクス・オブ・アメリカ(NGLA)は、チャールズ・B・マクドナルドが設計し、1911年に開場したとされる。マクドナルドは1870年代にセントアンドリュース大学に学び、オールド・トム・モリスやヤング・トム・モリスと度々ラウンドした経歴を持つとされる。建設の監督は、当時地元の土木技師だったセス・レイナーが担い、これが後に彼自身も設計家として独立するきっかけになったとされる。
複数のテンプレートホールで構成
NGLAは、英国の著名なリンクスホールの戦略的要素を抽象化して再構成した「テンプレートホール」を複数組み込んだ構成とされる。4番はノース・ベリック15番を模した「リダン」、3番はプレストウィック17番に類似する「アルプス」、2番はロイヤル・セント・ジョージズ3番がモデルとされる「サハラ」、7番はオールドコース17番(ロードホール)をベースとした「セントアンドリュース」、8番はサニングデール12番に類似する「ボトル」、13番はオールドコース11番を再現した「イーデン」とされる。一方で14番の「ケープ」はマクドナルド自身のオリジナル設計とされる。
「コピー」ではなく「原理の移植」
NGLAが単なる模倣に終わらなかった理由として、マクドナルドとレイナーが個々のホールの地形をそのまま複製したのではなく、戦略的な設計原理(斜めのグリーン、谷を挟む構成、ブラインドショットなど)を抽出し、NGLAの土地条件に合わせて再構成した点が挙げられるとされる。この手法が、後のゴールデンエイジの設計家たちに広く影響を与えたと語られることが多いとされる。
よくある質問
- NGLAはどのようなコースですか?
- チャールズ・B・マクドナルドが設計し1911年に開場した、英国の著名なリンクスホールの設計原理を抽象化して取り入れた「テンプレートホール」で構成されるコースとされます。
- なぜ単なる「コピー」ではないと評されるのですか?
- 個々のホールの地形をそのまま複製するのではなく、戦略的な設計原理を抽出してNGLAの土地条件に合わせて再構成した点が、独創性として評価されているとされます。
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