コース設計の原理/変遷史
17番アイランドグリーンはなぜ生まれたのか——「偶然」から生まれたスタジアムゴルフの象徴
ゴルフ界で最もよく知られるホールの一つ、TPCソーグラス17番アイランドグリーン。当初は池を右手に配した平凡なパー3案に過ぎなかったという。設計者ピート・ダイ自身の言葉が伝える、周辺の砂を掘り進めるうちに生まれた「偶然の産物」としての成り立ちを追う。
「ただ掘り続けていた」——ピート・ダイ本人の回想
TPCソーグラス スタジアムコースの17番ホールは、グリーン全体が池に囲まれた「アイランドグリーン」として、ゴルフ界で最もよく知られるパー3の一つになっている。しかし設計者ピート・ダイ自身の回想によれば、当初17番は池を右手に配しただけの、比較的平凡なパー3案だったという。造成工事の過程で周辺の砂をコース各所の造成用に掘り出しているうちに、ホール周辺に巨大な穴ができてしまった。ダイ本人は当時を振り返り「ただ掘り続けていただけだった」という趣旨の発言を残している。
妻アリス・ダイの一言がグリーンを「島」に変えた
この偶然できた大きな穴を目にした妻で共同設計者のアリス・ダイが、現場に来て「いっそのことアイランドにしてしまえばいいんじゃない?」と提案したことが、現在のアイランドグリーンの直接のきっかけになったと伝えられている。さらにアリス・ダイは、ホールをより挑戦的にするためグリーンを手前側へ傾けるようピート・ダイに提案し、「中継でこの光景が目に浮かぶわ……誰もグリーンに止められないでしょうね」と冗談を言ったという逸話も残っている。
100以上の模倣を生んだ「スタジアムゴルフ」の象徴
17番アイランドグリーンは、PGAツアー本部主導で開発されたコースという性格から、ギャラリーが観戦しやすい「スタジアムゴルフ」というコンセプトを象徴するホールとなった。以後、世界中で100を超える類似のアイランドグリーンが作られたとされる。当初は造成上の偶然から生まれたホールが、緻密な計算に基づくものだと誤解されるほど強烈な個性を持つに至った経緯は、コース設計が必ずしも最初から完璧な設計図通りに進むものではなく、現場での試行錯誤や偶発的な発見を柔軟に取り込む過程でもあることを示す象徴的な事例だといえる。
関連記事:スタジアムゴルフの起源。
よくある質問
- 17番アイランドグリーンは最初から計画されていたのですか?
- 設計者ピート・ダイ自身の回想によれば、当初は池を右手に配した平凡なパー3案だったとされ、造成中に周辺の砂を掘り出すうちにできた大きな穴を、妻で共同設計者のアリス・ダイが「アイランドにしよう」と提案したことがきっかけとされています。
- アイランドグリーンは他のコースにも作られましたか?
- 17番ホール以降、世界中で100を超える類似のアイランドグリーンが作られたとされています。「スタジアムゴルフ」というコンセプトを象徴するホールとして広く知られるようになりました。
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