コース設計の原理/変遷史
「スタジアムゴルフ」はどこで生まれたのか——ハーバータウンとTPCソーヤーズの二段階史
観客が土盛りの「スタンド」からプレーを見守る「スタジアムゴルフ」。その起源はハーバータウンとTPCソーヤーズのどちらにあるとされているのか。
ハーバータウンという萌芽
ハーバータウン・ゴルフリンクスは、ピート・ダイが主導し、ジャック・ニクラウスも助言者として関与して設計されたとされる。同コースを舞台とする大会(現RBC Heritage)は1969年に初開催され、初代王者はアーノルド・パーマーだったとされる。ただし開場年については出典によって1967年とする記述も見られ、この点は一次資料での追加確認が必要とされる。「スタジアムゴルフ」という用語そのものの誕生経緯・命名者については、明確な記載を今回確認できていない。
TPCソーヤーズでの概念化
PGAツアーのコミッショナーを務めたディーン・ビーマンは、「ザ・プレーヤーズ選手権」構想とTPC(トーナメント・プレーヤーズ・クラブ)ネットワークを主導したとされる。1980年秋に開場したTPCソーヤーズ(スタジアムコース)は、ピート・ダイとアリス・ダイが設計し、観客が土盛りで造られた「スタンド」に座ってプレーを観戦するという独自のコンセプトを明文化した、PGAツアー主導のTPC構想第1号とされる。土地415エーカーはフレッチャー家からPGAツアーへ1ドルで寄贈されたとされる。
断定を避けるべき「発祥地」問題
「スタジアムゴルフ」という概念・用語がハーバータウン(1969年、ダイ/ニクラウス)とTPCソーヤーズ(1980年、ダイ/ビーマン)のどちらで生まれたと言えるのかは、今回参照した情報だけでは一次的に特定できないとされる。ハーバータウンで設計思想として萌芽し、TPCソーヤーズでPGAツアー主導の明確な概念として完成・普及した、という二段階の理解が妥当とされる。
よくある質問
- 「スタジアムゴルフ」はどこで生まれたのですか?
- ハーバータウン(1969年、ピート・ダイ設計)で設計思想として萌芽し、TPCソーヤーズ(1980年、PGAツアー主導)で明確な概念として完成・普及した、という二段階の理解が妥当とされます。どちらを「発祥地」と断定できる一次情報は確認できていません。
- TPCソーヤーズの土地はどのように取得されましたか?
- 土地415エーカーは地元のフレッチャー家からPGAツアーへ1ドルで寄贈されたとされます。
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