ルール・用具規定の由来/原理解説
なぜ1ラウンドは18ホールなのか——標準化の歴史から見るルールの原理
18ホール、パー、ハンディキャップ——ゴルフの最も基本的な枠組みは、実はいずれも18〜19世紀のスコットランドで生まれた、ある意味で偶発的な取り決めに由来する。当たり前に見える基準が、なぜそうなったのかを歴史から読み解く。
1764年、22ホールから18ホールへ
ゴルフの1ラウンドが18ホールで構成されるようになった経緯は、1764年10月4日、セント・アンドリュースのSociety of St Andrews Golfers(The R&Aの前身)の会議に遡るとされる。当時のOld Courseは22ホール構成だったが、最初と最後にある4ホールがそれぞれ短すぎるとされ、前後それぞれの4ホールを2ホールに統合するという議事録が残されている。結果として前後合わせて4ホール分が減り、22ホール構成から18ホール構成へと変わったと伝えられている。セント・アンドリュースが当時のゴルフ界で権威的な地位にあったことから、この18ホール形式がやがて各地のコースへ広がり、デファクトスタンダードとして定着していった。ただし、この経緯を伝える記事の多くは後年に振り返って書かれた二次的な記述であり、The R&A公式の議事録原文そのものに基づく厳密な確認までは今回できていない点は付記しておきたい。
「パー」は株式相場の用語だった
「パー(Par)」という基準も、もともとは株式相場の「額面」を意味する取引用語からの転用とされる。1870年、ゴルフ記者A.H. Dolemanが、プロゴルファーに「優勝に必要なスコア」を尋ねたところ、Prestwick12ホールの「完璧なプレー」は49打になるという回答があり、これを同コースの"par"と呼んだという逸話が伝えられている(この逸話は一次史料までの確認はできていない)。公式なコースレーティング制度が整備されたのは1890年代、"par"が公式に認知されたのは1911年、USGAがレーティング基準を制定した時点とされる。対になる「ボギー」は1890年、Coventry Golf ClubのHugh Rotherhamが考案した基準スコア「ground score」に由来し、当時流行した歌の登場人物"Bogey Man"になぞらえて定着した語とされる。
ハンディキャップと、一つの権威が作った世界標準
ハンディキャップ制度もまた、17〜18世紀のパブでの賭け取引ゲーム「hand in cap」に由来する言葉とされ、1870年代にゴルフ用語として定着した。USGAは1911年に独自のハンディキャップ制度を発足させたが、20世紀後半まで世界には6つの地域別制度が並立し、国際間での互換性に課題を抱えていた。この課題を解消するため、USGAとR&Aが共同で策定したWorld Handicap System(WHS)が2020年1月から世界的に段階導入され、現在の世界共通基準となっている。18ホール、パー、ハンディキャップという「当たり前」の基準は、いずれも一つの権威(セント・アンドリュース、USGA)が定めたものが、後から世界標準として広まったという共通の成り立ちを持っている。
よくある質問
- 18ホールは最初から標準として決められたのですか?
- いいえ。1764年にセント・アンドリュースのOld Courseで、短すぎる4ホールを2ホールに統合したことがきっかけで18ホール構成が生まれ、同クラブの権威性から後年デファクトスタンダードとして世界に広まったとされています。
- World Handicap Systemはいつから始まりましたか?
- USGAとR&Aが共同で策定し、2020年1月から世界的に段階導入されました。それ以前は世界に6つの地域別制度が並立していました。