原理原則ゴルフ

ルール・用具規定の由来原理解説

なぜOB・紛失球には「ストローク・アンド・ディスタンス」という罰則が科されるのか——規則統一までの200年

OBや紛失球を打った際に科される「1打罰+打ち直し」というストローク・アンド・ディスタンスの罰則は、1744年の規則成文化から1968年に現行の形になるまで、200年以上をかけて少しずつ姿を変えてきた。R&AとUSGAが別々の規則を運用していた時代から、統一に至る歴史を追う。

監修・執筆:原理原則ゴルフ編集部編集部

1744年、13カ条から始まったルール

ゴルフの規則が初めて文書化されたのは1744年、スコットランドのThe Honourable Company of Edinburgh Golfers(当時はGentlemen Golfers of Edinburgh)が定めた13カ条の規則だとされる。USGAの公式な規則史解説ページ「A Brief History of Revisions to the Rules of Golf」によれば、この時点ではボールがコース外に出た場合や見つからなかった場合の扱いは統一されておらず、マッチプレーでのホール負けとする方式、単に1打罰を科す方式、打ち直しのみを求める方式など、地域や団体によって複数の処理方法が併存していたとされる。

「アウト・オブ・バウンズ」の誕生

コース外に出たボールを指す「アウト・オブ・バウンズ(OB)」という概念が規則上で初めて正式に定義されたのは、R&A(The Royal and Ancient Golf Club of St Andrews)が1899年に発行した最初の統一規則集でのことだとされる。さらにその数年後、1902年頃には、OBの可能性があるボールを打った際にプレーの進行を止めずに済む「暫定球」の考え方が規則に加えられたとUSGAの規則史は伝えている。

統一されていなかった時代——USGAとR&Aの並走

20世紀前半、ゴルフの規則はR&AとUSGAという二つの団体がそれぞれ独自に制定・改訂する時代が長く続いた。USGAは1946年の規則改訂で、OBとなったボールについて「距離の損失のみ(ストロークの加算なしに、打ち直しの位置まで戻る)」という処理方法を導入したとされる。一方R&Aは1950年の規則改訂で、紛失球・OB・プレー不能球のいずれについても同様に「距離の損失」を適用する形へと規則を拡張した。この時点ではまだ、両団体の規則には細部の違いが残っていたと考えられる。

1952年、初の統一規則

R&AとUSGAが初めて足並みをそろえた単一の規則集を発効させたのは1952年1月1日だとされる。それまで大西洋を挟んで別々に発展してきたゴルフの規則が、ここで初めて一本化された。現在まで続く「規則は世界共通であるべきだ」という考え方の出発点が、この1952年の統一だといえる。

現行の形になったのは1968年

OB・紛失球に対して「1打罰を加えた上で、直前の打った場所からの打ち直しを求める」という、現在私たちが知る「ストローク・アンド・ディスタンス」の罰則が現行の形に定まったのは1968年だとされる。1744年の成文化から数えて実に200年以上、幾度もの改訂を経てようやく現在の姿に落ち着いたことになる。なお、各改訂の細部の条文(適用範囲の正確な文言や、暫定球規則の細かな運用変更履歴など)については、USGA公式の規則史ページ以外の一次資料までは今回十分に確認できておらず、大枠の変遷として紹介するにとどめている。

よくある質問

「ストローク・アンド・ディスタンス」とはどういう意味ですか?
OBや紛失球などに対して科される罰則の名称で、「ストローク(1打罰の加算)」と「ディスタンス(直前に打った場所まで戻ってやり直すこと=距離の損失)」の両方が科されることを意味します。
この罰則はいつから現在の形なのですか?
USGAの公式な規則史解説によれば、1744年の規則成文化以降、複数の処理方法を経て、現在の「1打罰+打ち直し」という形に定まったのは1968年とされています。