弾道の物理/原理解説
濡れたボールはなぜ飛ばないのか——水膜がスピンと弾道を変える
雨の日に飛ばない理由はボールの濡れだけではない。濡れたボールの計測データ(サンドウェッジのスピン10,430→7,162rpm)とロボット試験を確認できた範囲で整理し、「約1割減」の出典が確認できなかったことも区別して示す。
雨の日に「飛ばない」と感じる理由は、ボールが濡れることだけではない。地面が濡れてランが出にくくなることや、レインウェアによる動きの制限、気持ちの力みも考えられる。本稿はそのうち「濡れたボールそのもの」に絞り、確認できた計測データと、確認できなかった数値を区別して整理する。巷でよく見る「約1割飛距離が落ちる」といった数字については、出典を確認できなかった。
要約
- ボールが濡れるとフェースとボールの間に水が入り、摩擦が変わって、スピンや打ち出しが変わる、と説明される。ただし摩擦や水膜を直接測定した査読論文は、今回確認できなかった。
- 指導者Cameron McCormickがTrackManで測った110ヤードのサンドウェッジでは、濡れたボールはスピンが減り、打ち出し角が上がり、キャリーが7ヤード短かった(各5球の平均)。
- スイングロボット試験(Golf Digestの転載ページで確認)では、ドライバーはスピンが増え低弾道になり、5番アイアンはスピンが減って低弾道で、クラブによって傾向が異なった。
- 「約1割減」の数字は出典を確認できなかった。確認できた2つの測定では、ドライバーもサンドウェッジもキャリー低下は約6%だった。
1. 濡れたボールの計測(サンドウェッジ)
golf.comに掲載された、指導者Cameron McCormickの計測では、110ヤードのショットをサンドウェッジで打ち、乾いたボールと濡れたボールで各5球を比較している。結果は次のとおりで、濡らしたのはボールのみとされる。
| 条件 | スピン量 | キャリー | 打ち出し角 |
|---|---|---|---|
| 乾 | 10,430rpm | 110ヤード | 26度 |
| 濡 | 7,162rpm | 103ヤード | 32度 |
同記事の本文は、ボールの水が打ち出し角を上げ、ボール初速とスピンを下げる、という趣旨で結論づけている。一方で、ボールの銘柄、濡らし方、ヘッドスピードは本文で確認できなかった。指導者による実演で、査読された研究ではない。
2. なぜスピンが減ると考えられるのか
ウェッジの打ち出しスピンは、フェースの溝とボール表面の摩擦で生まれる。水がフェースとボールの間に入るとこの摩擦が下がり、ボールがフェース上を滑りやすくなる、という説明が一般的である(ミズノのGeorge Thompsonの説明を伝える記事で確認。同記事は数値データを示していない)。摩擦が下がるとボールにかかる回転の力が減るため、スピンが減る方向に働くと考えられる。溝の役割はウェッジの溝規制の記事、芝が間に挟まる場合の同様の現象はフライヤーの記事を参照されたい。ただし、水膜の厚さや摩擦係数を実測した査読論文のアブストラクトは本稿では確認できず、この機構は一次資料で裏づけた断定ではない。
3. 打ち出し角が上がるのに、なぜキャリーが落ちるのか
上の計測では、スピンが減り打ち出し角が上がっているのに、キャリーは7ヤード短い。スピンが減るのは、ボールにかかる摩擦が小さく、フェースの上を滑るためと考えられるが、同じ記事の本文はボール初速も下がると述べている。初速が下がれば、同じ打ち出し角でもキャリーは短くなる。打ち出し角・スピン・初速が組み合わさってキャリーを決める点は打ち出し角とキャリーの関係とバックスピンと揚力を参照されたい。着地後の止まり方は着地角の記事が関係する。
4. ロボット試験ではクラブで傾向が異なる
Golf Digestのスイングロボット試験は、原典(golfdigest.com)が開けなかったため、転載ページ(Australian Golf Digest)で確認した。新品のボールにスプレーで水をかけ、ドライバー(ロフト10.5度・ヘッドスピード95mph)と5番アイアン(85mph)を打ち分けている。転載ページに示された結果は次のとおりである。
- ドライバー: ストレートのショットのトータルは濡れが227.1ヤード、乾きが242.5ヤードで、15ヤード短かった。スピンは増え、弾道は低くなり、ばらつきも大きくなった。
- 5番アイアン: 濡れが187.5ヤード、乾きが182ヤードで、濡れの方が5ヤード長かった。スピンが減り、低弾道になり、フライヤーのような挙動だった。
- 全クラブで、濡れの方が目標線からのずれが大きかった(フェードの打ち方で濡れ23.3ヤード、乾き8.1ヤード)。
これは、サンドウェッジでスピンが減った上の計測とは方向が異なる部分があり、「濡れるとスピンが減る」とは一括りにできないことを示す。なお、球数やボールの銘柄は転載ページで確認できず、1件の試験結果として扱う。
5. 「約1割減」は出典を確認できなかった
指導系のブログでは、雨の日の飛距離が「約1割落ちる」と書かれることがある。しかし本稿では、この数字の出典を確認できなかった。確認できた計測値は、サンドウェッジ(110ヤード→103ヤード)もドライバー(242.5ヤード→227.1ヤード)も、ともに約6%の低下だった。ただし、前者はキャリー、後者はトータル、さらに条件も異なるため、「6%」を一般値として使うことはできない。
6. 雨の日の「飛ばない」には他の理由もある
日本語の指導サイト(golf-lesson.jp)は、最大の理由として、地面が濡れてランが出にくくなることを挙げ、ほかにレインウェアによる上半身の捻りの制限や、雨への心理による力みやテンポの変化を挙げている。数値や出典の提示はない。気温や空気の状態の影響は寒さの影響、風・標高・ライの補正を参照されたい。ボールのカバー素材による違いはサーリンとウレタンの比較で扱っている。
本稿で確認できなかったこと
- 「雨の日は約1割飛距離が落ちる」という数値の出典。
- 水膜・摩擦係数を測定した査読論文の内容、およびウレタンとサーリンで濡れたときの違い(MyGolfSpyのページは開けず)。
- McCormickの計測のボール銘柄・濡らし方・ヘッドスピード、およびGolf Digestロボット試験の原典ページ・球数。
- ボールの吸水による重量・反発の変化の定量データ。
関連記事:ゴルフボールの寿命と劣化。
よくある質問
- 濡れたボールは何ヤード飛ばなくなりますか。
- 一般的な数値は確認できなかった。確認できた計測では、サンドウェッジのキャリーで7ヤード(110→103ヤード)、ロボット試験のドライバーのトータルで約15ヤード短かったが、条件が異なる。
- 濡れるとスピンは必ず減りますか。
- クラブによって異なる。サンドウェッジの計測ではスピンが減ったが、ロボット試験のドライバーではスピンが増え、5番アイアンでは減った。
- 雨の日はクラブを替えた方がよいですか。
- 一般的な正解は確認できなかった。ライや芝の状態、濡れ方で結果が変わるため、練習場などで自分の弾道を確かめるのが確実である。
- 濡れたボールで曲がり幅は増えますか。
- ロボット試験では全クラブで目標線からのずれが大きくなったが、1件の試験結果であり、一般化はできない。
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