コース設計の原理/変遷史
なぜオークランド・ヒルズは「モンスター」と呼ばれるようになったのか——1951年全米オープンの改修史
ドナルド・ロスが設計したオークランド・ヒルズ・カントリークラブ南コースは、1951年全米オープンを前にした改修で一変した。狭められたフェアウェイと深まったラフが生んだ「モンスター」という異名の由来を追う。
ドナルド・ロスによる原設計
オークランド・ヒルズ・カントリークラブ南コースは、1918年にドナルド・ロスによって設計されたとされる。ロスは当時、ゴルデンエイジを代表する設計家の一人として広く認識されていたと伝えられている。
ロバート・トレント・ジョーンズによる1951年改修
1951年の全米オープン開催にあたり、コースの改修を担当したのはロバート・トレント・ジョーンズだったとされる。この改修はUSGAが本格的にコースの難化戦略に取り組んだ初期の事例の一つとされ、具体的にはフェアウェイを狭め、ラフを深くするという方向性で行われたと伝えられている。この難化により、大会序盤の2日間は出場選手の誰もパーを切ることができないほどの厳しいコンディションになったとされる。
ベン・ホーガンの一言と「モンスター」の定着
この大会を制したのはベン・ホーガンで、最終ラウンドには当時の週間最少スコアとなる67(−3)をマークし、2位に2打差をつけて優勝したとされる。優勝後、ホーガンは「I'm glad I brought this course—this monster—to its knees.(このコース、このモンスターを、ひざまずかせることができて嬉しい)」という言葉を残したと伝えられている。この発言をきっかけに、オークランド・ヒルズ南コースには「ザ・モンスター」という異名が定着したとされる。以後、コースを大幅に難化させて選手に挑ませるというUSGA的な全米オープンのセットアップ思想の先駆例として、しばしば引き合いに出される事例となっている。
よくある質問
- 「モンスター」という呼び名は誰の発言に由来しますか。
- 1951年全米オープンで優勝したベン・ホーガンが、優勝後のスピーチで「このモンスターをひざまずかせた」という趣旨の発言をしたことに由来するとされる。
- 改修前の設計者と改修を担当した設計者は同一人物ですか。
- いいえ、異なる人物とされる。原設計は1918年のドナルド・ロスによるもので、1951年全米オープンに向けた改修を担当したのはロバート・トレント・ジョーンズだったと伝えられている。
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