戦略と統計の原理/原理解説
チップとピッチの使い分け——キャリーとランの比は何を根拠に言われているか
チップとピッチのキャリー:ランの比は経験則で、出典により食い違う。Shot Scope、Arccos、PGAツアー統計(Broadie 2012)を、対象と条件つきで整理し、使い分けの考え方と確認できなかったことを示す。
「チップは転がし、ピッチは上げて止める」と言われる。では、どこからがチップで、どこからがピッチか。キャリーとランの比は何対何か。レッスン記事には「ウェッジはキャリー1:ラン1」「8番アイアンは1:4」といった数字が並ぶが、本稿が確認した範囲では、これらは研究結果ではなく経験則である。本稿は、公開されているデータから「何が言えて、何が言えないか」を整理する。購入を勧める記事ではない。
要約
- チップとピッチの境界について、本稿はルールブック上の定義を確認できていない。本稿は「低く出して転がす寄せ」と「高く出してキャリーで運ぶ寄せ」という作業定義で話を進める。
- キャリー:ランの比は出典によって異なる。経験則として紹介される「PW=キャリー3分の1」と、1人が実測した「PW=1:4」は食い違う。
- Shot Scopeのブログは、15ハンデでは8番・9番・PWで寄せた方が、GW・SW・LWより8%アップ&ダウンしやすかったと書く。ただし選択バイアスの可能性があり、因果は言えない。
- PGAツアーでも、15ヤードのアップ&ダウン率はフェアウェイ69%に対し、ラフ51%(Broadie 2012)。クラブ選びより前に、ライの影響が大きい。
- アップ&ダウン率は距離で大きく落ちる。15ハンデでは、25ヤード以内43%、25〜50ヤード16%(Shot Scope)。
1. 「チップ」と「ピッチ」の定義
チップやピッチという打ち方について、本稿はゴルフ規則上の定義を確認していない(規則の用語として確認できたものはない)。レッスン記事での使い分けも、「ほぼ転がすのがチップ、ある程度の高さで運ぶのがピッチ」という程度で、距離の境目はまちまちである。以下では、この「転がす割合の大小」を軸に、データが何を示すかを見る。
2. キャリー:ランの比は、出典で食い違う
キャリーとランの比は、チップの解説でよく紹介される。ここでは、本文を開いて確認できた2つの出典を並べる。
| クラブ | 経験則として紹介される比(GolfDecodeの記事が例示) | 1人の実測例(The Scratch Plan) |
|---|---|---|
| PW | キャリー3分の1・ラン3分の2(1:2) | 1:4 |
| 8番アイアン | キャリー5分の1・ラン5分の4(1:4) | 1:6(3歩のキャリー、18歩のラン) |
| 58度 | (記載なし) | 1:1 |
GolfDecodeの記事自身が、こうした比は初心者の目安にすぎず「法則として扱うべきではない」と書いている。比が変わる要因として、ロフト、グリーンの速さ、硬さ、上り下りの傾斜、ライ、当たりの質、ボール、湿り気、着地点を挙げている。The Scratch Planの実測は、平らなグリーンで、著者1人が歩数で測ったものである。2つの出典の差(PWで1:2と1:4)は、測り方と条件の違いで十分に説明でき、どちらかが誤りという話ではない。
したがって、「このクラブはこの比」という数字を覚えるより、自分のグリーンで着地点と停止点を測って自分の比を持つ方が、確かな情報になる。これは本メディアの提案で、効果を検証したデータはない。
3. 低ロフトの方が寄る? Shot Scopeの公表値を読む
Shot Scopeのブログ(15ハンデの例)は、8番・9番・PWで寄せた場合は、GW・SW・LWの場合より、アップ&ダウンの確率が8%高く、寄りが約6フィート近かったと書いている。ただし、本文には標本数、ライや距離の条件、元の表の数値(画像のみ)が見当たらなかった。また別の記事の要約では「パターを使った寄せ」と「SW」の成功率の大きな差も語られているが、本文を開けなかったため、数値は採用しなかった。
この種の比較には、注意が必要である。低ロフトのクラブを選ぶのは、ライが良く、グリーンまで平らな「易しい状況」である可能性が高い。そうだとすれば、クラブの差ではなく、状況の差が結果に出ているだけかもしれない。データは「低ロフトの方が結果が良い傾向」を示すが、「低ロフトに替えれば寄る」を示すものではない(本メディアの読み)。
4. ライで何が変わるか:PGAツアーの統計
Broadie(2012)は、2003〜2010年のPGAツアーの800万ショット超から、距離ごとのアップ&ダウン率を推定している。15ヤードからは、フェアウェイ69%、ラフ・バンカー51%。25ヤードからは、フェアウェイ54%、バンカー42%、ラフ35%である。
論文はこれらを「平均」で、実際の1打はライやグリーンの傾斜で変わると述べている。プロの値であり、アマチュアの比は別である。ただ、「クラブの選び方」よりも前に、ライが与える差が大きいことは読み取れる。ボールの状態を見ずに「チップかピッチか」を決めることはできない。ラフの影響はラフの記事、フライヤーの原理はフライヤーの記事で扱っている。
5. 距離が伸びると何が変わるか:アマチュアの数字
- Shot Scope(15ハンデ)では、グリーンを外した後のアップ&ダウン率は、0〜25ヤードが43%、25〜50ヤードが16%(パー3でグリーンを外した場面の記述)。
- Golf Monthly掲載のShot Scopeデータでは、50ヤード以内のアップ&ダウン率は、全体で38%、スクラッチ54%、10ハンデ39%、20ハンデ31%(標本数は記載なし)。
- Arccosの2017年の分析(1.2億ショット超)では、フェアウェイからの50ヤードで、3ハンデの「グリーンに乗る率」は62.10%(平均寄り43.87フィート)、18ハンデは61.75%(44.01フィート)とほぼ同じとされる。ラフでは乗る確率が下がる(原文は10.3%減と書くが、ポイントか相対かは判別できない)。
3つ目の数字は、フェアウェイから50ヤードならハンディによる差が小さい、という意味に読める。ただし対象や「乗った」の定義は確認できていない。
6. 使い分けの考え方(確認できた範囲での整理)
- まずライを見る。ツアーでもラフは数十%の差になる。ラフから転がしたいのにフェースと球の間に芝が入る場合は、ランが想定より出る可能性がある(フライヤー、既存記事)。
- グリーンまでの空間と、グリーン上の空間を比べる。ピンまでに転がせる地面が長いなら低ロフト寄り、手前に障害物や傾斜があるならキャリーで運ぶ、という考え方が一般的に紹介される。これは経験則で、本稿は効果の定量データを確認できていない。
- 自分の比を持つ。2つか3つのクラブで、同じ着地点を狙った5球ずつの着地点と停止点を測る。この手順は本メディアの提案であり、効果を検証した出典はない。
- 距離で選択肢が変わる。25ヤードを超えるとアップ&ダウン率が大きく落ちる(43%→16%)ため、「寄せる」より「大きく外さない」寄せ方を優先する考え方が成り立つ。期待打数の枠組みはレイアップの記事、ミスの管理はピンを狙わない勇気を参照。
クラブ側の選択肢(ロフトの間隔など)はウェッジのギャッピング、バンスの考え方はサンドウェッジの発明史で扱っている。
本稿で確認できなかったこと
- キャリー:ランの比の、複数人・複数条件の実測研究(確認できたのは経験則と1人の実測例のみ)。
- Shot Scopeの「低ロフトで8%」の標本数、条件、元の表の数値。
- パターとウェッジの成功率の差(検索結果の要約のみで、本文は403のため未確認)。
- ハンディ別の「0〜25ヤード」「25〜50ヤード」のアップ&ダウン率(MyGolfSpyの記事は403で開けず、数値は採用しなかった)。
- 日本のグリーン(高麗・ベント)で同じ比になるか。
参考文献・出典
- Broadie, M. Assessing Golfer Performance on the PGA TOUR. Interfaces, 42(2), 146-165(2012)。https://columbia.edu/~mnb2/broadie/Assets/strokes_gained_pga_broadie_20110408.pdf
- Shot Scope. Play Smarter with 'Radar' – Par 3s(企業発表)。https://shotscope.com/blog/inside-the-ropes/expert-insight/par3s-radar/
- Shot Scope. The Average Golfer – What to use to get Up and Down(企業発表)。https://shotscope.com/blog/practice-green/game-improvement/golfers-what-to-use-to-get-up-and-down/
- Golf Monthly. Scratch vs 10 vs 20: How Often Do Amateur Golfers Get Up And Down From Inside 50 Yards?(Shot Scopeデータ)。https://www.golfmonthly.com/features/scratch-vs-10-vs-20-how-often-do-amateur-golfers-get-up-and-down-from-inside-50-yards
- Arccos Golf. Analyzing the 50-Yard Wedge Shot(2017年11月9日、企業発表)。https://eu.arccosgolf.com/blogs/community/analyzing-the-50-yard-wedge-shot
- GolfDecode. How to Control Chip Shot Rollout: Carry, Landing & Spin。https://golfdecode.com/how-to-control-chip-shot-rollout/
- The Scratch Plan. Chipping: Carry to Roll Ratios。https://thescratchplan.com/drill/chipping_carry_to_roll_ratios/
- 本メディア「ラフの記事」「フライヤーの記事」「ウェッジのギャッピング」ほか。
図1の比は、出典の記述を本メディアが百分率に換算した(1:2=キャリー約33%、1:4=20%、1:6=約14%)。図2は出典の数値をそのまま描いた。
よくある質問
- チップとピッチの違いは何ですか。
- 本稿ではゴルフ規則上の定義を確認できていません。本稿は、低く出して転がす寄せをチップ、高く出してキャリーで運ぶ寄せをピッチとする作業定義で整理しました。
- キャリーとランの比は何対何ですか。
- 出典によって異なります。経験則として「PWはキャリー3分の1」と紹介される一方、1人の実測では1:4でした。ロフト、グリーンの速さ、傾斜、ライなどで変わるため、自分の比を測る方が確かです。
- 低ロフトで寄せた方が寄りますか。
- Shot Scopeのブログは、15ハンデで8番〜PWの方がGW〜LWよりアップ&ダウンが8%高いと書いています。標本数や条件は確認できず、易しい状況で低ロフトを選ぶ偏りの可能性があるため、因果は言えません。
- プロでもライで成功率は変わりますか。
- Broadie(2012)では、15ヤードからのアップ&ダウン率がフェアウェイ69%、ラフ51%、25ヤードからはフェアウェイ54%、バンカー42%、ラフ35%と報告されています。
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